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zoom RSS キリストにある平和 2011/8/14 エフェソ2:11-18

<<   作成日時 : 2011/08/14 13:54   >>

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あなたは誰?
そう問われたらみなさんはどうお答えになるでしょうか?
これが今回のキャンプのテーマでした。
このテーマを決めた委員会に出席していなかったので、わかりませんが、とても幅が広く考えさせられるテーマでした。

主講師の松川先生はエフェソ1章などを用いて語られました。
アンパンマンの歌詞を用いて、何の為に生まれて何の為生きるのか、わからないまま終わる、そんなのはイヤだ、
現実の人間の一生は、空しく不条理なことが多い、哲学者や内村鑑三の言葉を取り混ぜながら語られました。
そのような中で、あなたは誰かということを考える時でした。

実は今回のこのテーマにはしかけがありました。
この、あなたが誰にむけられているかと言うことです。
@ 私たち一人ひとりに向けられているということ
A そして、私たちが信じる神様がどんなお方であるかということ。
私が誰であり、その私が信じる神様がどんなお方であるかということを知ることは信仰生活の中で重要なことです。
毎週の礼拝において確認され、使徒信条などの信仰告白によって言い表されることでもあります。

私たちは神に愛され、大切に造られたものであるにも関わらず、その神の愛に背を向けてしまうものです。
本来、神様を褒め称える為に作られたものなのにも関わらず、神様を悲しませることをしてしまうものです。
そんな私たちをも神様は大切に思っていてくださっている。

11節で使徒パウロは「だから、心に留めておきなさい。」という御言葉を持って語り始めています。
この御言葉はエフェソの聖徒たちがキリストにあってキリストの血によって救ってくださった神様の愛と恵みを思い出しなさいということです。

エフェソの聖徒たち、そして私たちは本来どんな者だったかが記されています。
「だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。」とあります。イエス様を信じる前のエフェソの人々は肉において異邦人でした。
彼らは以前「約束を含む契約」に関しては全く無関係であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。
約束の契約がないから、この世で真の望みを持てず、ただ飲み食いをし、娶ったり、嫁いだりすることしか考えていない人々でした。
望みがないから霊的な飢えに苦しみました。
生ける望みがないから偶像崇拝をしながら堕落してしまいました。
このように「自分の罪過と罪との中に死んでいた者を、あわれみ深い神様はキリスト・イエスにあって生かしてくださいました。

ですから肉における異邦人クリスチャンは常に自分の現在と過去とを比較することによって、神様の恵みを思い出さなければなりません。
そしてその恵みの偉大さのゆえに、へりくだって神様と人とに仕えることを学ぶべきです。
ではユダヤ人は異邦人でもなく、無割礼者でもないから受けるべき神様の恵みを受けているでしょうか。
いいえ。
イスラエルと呼ばれるユダヤ人は、口では神様を敬い、律法に従っていると言いながら、心は神様から遠く離れてしまっていました。
パウロ自身がこの事実をだれよりもよく知っていました。
そのため彼は、同胞であるユダヤ人が救われることを何よりも強く祈り求めていました。
パウロは自分自身に関しても「私はその罪人のかしら」である自覚が常にありました。
また、彼は「使徒の中では最も小さい者」というへりくだりを持って主に仕えていました。
なぜなら彼は聖書の無理解から「神の教会を迫害した」者だからです。
ユダヤ人たちは、自分たちの先祖にはアブラハムがいる、自分たちには神の約束があるといいながら、実際には「約束の契約」を守らなかったのです。
むしろ神様のみこころに背いた生活をしていました。
それにもかかわらず、彼らは自分たちの置かれた立場を誇っていました。
他の民族を「異邦人」と呼んで、心の底では、神のない民として彼らをさげすんでいたのです。
ですから、異邦人も、ユダヤ人も神様から離れており、そのままでは望みのない人たちだったのです。
しかし今は、どのようにして彼らは「近い者とされた」のでしょうか。


13節に「しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。」とあります。
しかし、今や神様のご計画に基づいて、キリスト・イエスの血により、遠い者(異邦人)も近い者(ユダヤ人)も、共に神様との和解にあずからせていただいたというのです。
ではキリスト・イエスはユダヤ人と異邦人との間に何をされたのでしょうか。
14、15a節にその答えが書かれています。
「キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。」とあります。
それは、キリストがご自身の死によって「隔ての壁」を打ち壊し、「敵意」を排除してくださったからです。
こうして「二つのものを一つに」するご計画は実現しました。
その結果、今はユダヤ人と異邦人が別々に存在する理由がなくなりました。
イエス様を信じる者は誰でも信仰の先祖アブラハムの子孫となり、アブラハムが受けた祝福を全部そのまま受け取ることができるようになりました。
ですから、今ではキリストにおいて、ユダヤ人もなければ異邦人もありません。
ただあるのは「新しいひとりの人」であり、これは御霊による聖徒、神の民であり、兄弟です。
過去ユダヤ人も異邦人も罪深いものであり、偏見と高ぶりに満ちていました。
ユダヤ人と異邦人の間にはとても一緒になれない大きなギャップがあったのです。
律法はユダヤ人と異邦人の間に壁を設けました。
しかし、ユダヤ人と異邦人の間の壁よりも大いなるものは、神様と人との間にある壁でした。
キリストは人間と神様との間の障壁をすべて打ち壊すために、この地に来られました。そして多くの苦しみを受け、ついに、十字架にかかって死なれたことによって私たちの罪ののろいを担われました。
それによって私たちはキリストを通して神様に近づくことができるようになりました。
さらに、キリストは異邦人とユダヤ人を一つの新しいからだとされました。
キリストはご自身の上に律法ののろいをすべて受けることにより、律法によって引き起こされた敵意を死に渡されました。
キリストの死を通して、ユダヤ人と異邦人を隔てていた壁が壊されたのです。ユダヤ人と異邦人との間に平和が確立されました。
ですからキリストにあってこそ世界に平和をもたらすことのできます。
人間の間の平和は、人類がキリストにある信仰によって神様と和解されてはじめて人類のものとなります。
私たちが宣べ伝える福音が人間のあらゆる問題に対する答えであり、人間の間にある敵意を取り除き、平和をもたされる唯一の道なのです。
キリストの十字架の死によって「敵意」は葬り去れ、神様と人間が和解されました。
それによって人と人との間の平和も確立できるようになりました。

「キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。それで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができるのです。」とあります。
人間は罪人として真の平和を持っていません。
いつも不安で、生きる意味を失い、死に対する恐れのために苦しむようになっています。まじめに、勤勉に生きていますが、それでも満足を得ることはありません。
根本的に心が陰険であって世の罪悪から離れることができません。
心の奥底からはいつも恐れがあり、平和がありません。
一人だけいる時に入り込んでくる孤独と寂しさは不確実で、望みのない人生に対する深い恐れであり、虚しさであり、絶望です。
あなたは誰か?と問われればそう答えるしかないのです。
それは キリストなくして平和なし ということです。
本当の平和を知らないから、平和を実現することができないのです。
この恐れや孤独や絶望はイエス・キリストによってのみ解決されるのです。
そのことによって、私たちは平安を得ることができます。
キリストの十字架の福音だけが私たちに救いの道であり、真の平安となります。
イエス様はユダヤ人にも異邦人にも聖霊によって平安とくださいました。
今はユダヤ人も、異邦人も同じ聖霊において神様に近づくことができるようになりました。

使徒パウロはイエス様の十字架を通して成し遂げられた和解のみわざをこのように証ししました。
異邦人であった私たちがイエス・キリストの十字架の死によって神の御国を受け継ぐ相続人だと宣言してくださいました。
私たちを選んで聖なる神の家族としてくださいました。
それは自分だけではなく、隣人もそうです。
誰一人として神様の救いのご計画から外れる人はないのです。

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