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zoom RSS 真理を知る者 Tヨハネ2:18-27 2011/1/30

<<   作成日時 : 2011/02/07 00:41   >>

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「人は、一人では生きて行けない」といいます。
この意味を本当に理解するのは難しいと思います。
他人と関わり無く自由にいきたいという考えもある。

何十年か前、小野田正一さんという元日本兵がたったひとりジャングルの中で生き延びていたということが発見されました。
このように社会と断絶し、たった一人で生きていくには人並みはずれた精神力と生きる意欲がなくてはできないのではないでしょうか。
もちろん、その人それぞれに生活しやすい環境もあるでしょう。
アラスカのような極寒の地に住む居人がいれば、熱帯雨林の中で生活する人も居ます。
なぜ、そんな所に住むのか、という所にすんでいる人がいます。
海抜以下のところに住めば、いつ海水が入ってくるかわからない、
火山のそばでは噴火や地震、火山灰の危機に晒されます。

住めば都とは、よく言ったものです。
人間は かなり環境に順応することができるのです。

紀元一世紀の終わりに近づいていた頃、教会には偽りの教師たちが入り込み、偽りの教えを説くという厄介な問題がありました。
「光の中にいると言いながら、兄弟を憎んでいる者」がいたとは、余りにも悲しい状況ではないでしょうか。
長老ヨハネは厳しくその偽りを指摘しました。
警告を発し、人々を真実な信仰へ導こうとして様々な形で訴えました。
けれども、偽りの教師たちを意識した言葉の強さに、かえって読者たちの心が沈んでしまうこともありました。
そこでヨハネは口調を変え、励ましを与え、キリストを信じる者の確かな歩みを勧めようとしたのです。(12〜14節)

教会の中にいる偽教師たちが、偽りの教えを説き、おおくの教会員が惑わされることを防ぐのは困難でした。
なぜなら、彼らは迫害や差別の中、共に信仰を貫いた同胞だったからです。
けれども、なお多くの人々は、忠実な聖徒としてキリストを信じる信仰に堅く立っていました。
忠実な信仰者こそが惑わされることなく、堅く立つなら、確かに光の中を歩むことになります。
光なる主を証しする歩みが導かれ、互いに愛し合う交わりがそこに生まれるからです。
聖徒たちにとって大切なことは、もうその幸いの中にいることをはっきりと知ることだと思います。
自らの不完全さが聖徒たちの心を騒がせたとしても、主が共にいます完全さは揺るがず、主と共に歩む者の幸いは測り知れないからです。

ヨハネは手紙を読む人たちに「子どもたちよ」(「小さい者たちよ」)「父たちよ」「若い者たちよ」と呼びかけています。
具体的に全ての聖徒たちに向かって、年齢的に分けて呼んだということではありません。
信仰における霊的な成長度を意識したのだと思います。
キリストを信じて歩み始めたばかりの者たち、かなりの年数を経て円熟した者たち、今まさに信仰の戦いの最中にある若い者たち、そうした一人一人を覚えて手紙を書いていたのです。
「書き送る」と「書いて来た」との言い回しの違いは、特に意味の違いがあるのでなく、思いを込めて書いていることの強調と考えられるそうです。
内容も同じことをほぼ繰り返し、キリストにあって罪の赦しを与えられたこと、神を知ったこと、悪に打ち勝った聖徒たちの勝利を強調しているのです。

教会に「主の御名によって」「罪が赦された」聖徒たちがいること、「御父を知った」人々がいること、この事実が、ヨハネには大きな喜びでした。
聖徒たちは皆、主イエス・キリストを信じて罪を赦され、その信仰の歩みを始めた人々だといえます。それは、キリストを通して父なる神に立ち返った人々だということです。
その人々には、神を「初めからおられる方」として知ったことが生きる土台となり、生涯変わらず神と共に歩むことが導かれます。
日々の生活においては、様々な戦いや迷いが待ち構えています。
しかし、信仰に硬く立つものは悪い者に打ち勝つ力を、神のことばを宿すことによっていただいているのです。
そのような聖徒たちがいることは、いつの時代にあっても、大きな励ましであり、慰めであり、感謝です。

「父たちよ」と呼びかけられた人々は、霊的に円熟するだけでなく、年齢的にも円熟していたと思われます。
その人々に「あなたがたは初めからおられる方を、知ったからです」と語るのは、「知った」ことが今現在まで続いていることに感嘆します。
本人も驚くほどに、神ご自身が共におられ、助けられ、導かれているのです。
「若い者たちよ」と呼ばれた人々は、「悪い者に打ち勝った」ことや、自らが「強い者」であることをはっきり知ることができた人たちです。
彼らは、一層強くなれるが、その強さも勝利も、神のことばがうちにとどまっていることによると知ることが大切でした。
いずれもキリストにあって、全く確かな歩みへと導き入れられていることを知りなさいとの励ましであった。

キリストのものとされて生きる、
キリストにあって強くされた者がどのように生きるか、それが現実問題だと思います。
ヨハネは「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません」と命じました。(15節)
ヨハネは神を愛し、隣人を愛すること、互いに愛し合うことを聖徒たちに教えようとしましたが、「世」を愛してはなりませんでした。
神から離れ、神に敵対する「世」のことであり、そこに住む人々を指す「世」ではありません。
神に敵対し、悪が支配する「世」が存在することを認めるとともに、その「世」を決して愛してはならないのです。

ところが、聖徒たちであっても、この世にある限り「世を愛する」惑わしと無関係ではいられず、本当に愛すべきことを後回しにして、折角の恵みを空しくすることがある。
「肉の欲、目の欲、暮し向きの自慢など」は、神からのものでなく「この世から出たもの」です。
ところが世々の聖徒たちが、それらに惑わされ続けています。
罪ゆえの悪しき欲望、目に見えるものだけで善し悪しを判断する愚かさ、持ち物を誇って人と競っている虚しさなど、神からのものでない、世から出た誘惑がこの世には満ち溢れています。
聖徒たちは「世と世の欲は滅び去ります」と言われたことを覚えなければなりません。
心して世の惑わしに立ち向かうことが求められているのです。(16〜17節)

世を愛するということは、世を愛するということです。
主が弟子たちの足を洗ったように、神の愛を示すことです。

神に奉仕することは、もちろん大切なことですが、その前に大事なことは、「何を神が望んでいるかを知ること」です。
この神のみこころを知ることは結構難しいのです。
「絶対、神のみこころ」と思い込んでいても、違っていることが多くあるからです。
神のみこころに関して注意をしなければならないことは、以下でしょうか。
1. 神様には神のみこころ、方法、考え、意志がある。
2. そのみこころは真に求める人々には明らかになる。
3. 求める気のない人には明らかにならない。
4. 神のみこころを行う者の働き、奉仕は残り、また行う者は神からの祝福、栄光を受ける。
まずは、ただ、行うことに努めるという姿勢が大事なのです。
その懸命さがなければ、神の愛も、恵みも、真理も体得できません。
もし間違っていれば、神は必ずお止めになられます。
その時には、謙虚にそのことを反省し、方向転換が必要なのです。


聖徒たちにとって大切なことは、愛すべき対象を勝手に取り違えてはなりません。
そのために、私を含めて、説教者や奉仕者は細心の注意を払わねばなりません。
キリストにあって父なる神に愛されていることを知ったなら、まずその神を愛することを第一とすることです。
それが聖徒たちの成すべきことです。
そして神を愛することは、そのみことばを守ることです。
みことばを守る者は「神のみこころを行う者」であり、「神のみこころを行う者は、いつまでもながらえます」と、救いの完成が約束されているのです。
目に見えるものの一切は、やがて必ず消え去り、滅び去ります。
天と地さえも滅びる中で、決して滅びないのは「神のみこころを行う者」だけだからです。
神の教えを心に留め、主イエスの教えを行う者が救いへと迎えられるのです。


かつて世の多くの人々は、世の終わりなど全く考えもしませんでした。
今や温暖化のため、地球が滅びるのではないかと大慌てです。
また、この地球温暖化防止のためと、経済活動がそれを第一として動いています。
何かを槍玉に挙げ、悪者とし、自らの正統性を説いて利益へと結びつける。
気づくきっかけはたいせつですが、方向転換したら、常に軌道修正をする必要があるのです。
私たちは何に対して、何を備えるのか、大いに考えるべきなのだと思います。
どのように生きるかはいつの時代も、全ての人が心すべきことなのである。
神を信じ、キリストを信じて、神のみこころを行う者となること、神を愛し、隣人を愛し、互いに愛し合うことを心から果たして生きること、これこそが神のみこころを行うことにつながります。
そのように生きる聖徒たちが増し加えられ、世に送り出されることを主ご自身が心から喜んでくださいます。
みことばをなお深く知って、みこころを行って生きる者と成らせていただくよう祈り、共に歩んでまいりましょう。


真理は聞いただけは分かりません。真理を分かるためには自ら真理に触れるという経験が必要なのです。また、真理は唱えるだけでは無益です。それを意味あるものにするためには、真理に生きるということが必須です。

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