日本ナザレン教団 成田キリスト教会

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zoom RSS 天から来るもの 2009/12/13 ルカ1:26-38 

<<   作成日時 : 2009/12/13 16:08   >>

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今日はマリアのお告げの箇所です。
この箇所から、わたしたちは何を理解できるでしょう?



1つは、神は新しいことをなされたことです。
イエスは聖霊によって宿り、処女マリアから特別な生まれ方をされました。
他の人間とちがい、イエスは罪のない方として生まれました。

次のポイントは、神はご自分の約束を守っているということです。
神が救い主を約束したのは、最初の人間の時でした。
創世記のはじめの方に、「女の子孫は蛇の頭を踏み砕く」と書いてあります。
後で、もっと具体的には、イザヤ7章、9章の予言があります。
「見よ。処女がみごもっている。そして、男の子を産み、その名をインマヌエルと名づける。」
「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。」
自分の御子を世の救い主としてつかわされることは、神の約束でした。
この約束は神にとって大きな犠牲でしたが、神は約束を守られました。


さて、皆さんは、天使の羽音を聞いたことがあるでしょうか。
羽音は天使が翼を広げて舞い降りるときに聞こえるそうです。
天使は思いがけない時、思いがけない人を訪れると言われます。
ですから、ある時、突然、天使の翼が立てるかすかな羽音が聞こえるのです。
天使は神から遣わされる使者ですから、用もないのに来たりはしません。
天使は神の言葉を伝えるために、皆さんのもとを訪れるのです。
そのときには、翼の音が皆さんの心を騒がせるかもしれません。
尋常ではないことが、神の語りかけが起きるからです。
え、天使の羽音など聞いたことがない?
それはきっと、皆さんが気づいていないだけのことだと思います。
なぜなら、無数の天使が、今も天と地の間を行き来しているのですから。

もちろんその姿を見るのは、特別な機会を得た特別な人たちだけです。
ヤコブが天の階段を上り下りする無数の天使を見たときのように、
アラム軍に囲まれた預言者エリシャが彼を守る天使の大軍を見たように。
天使を見るのは、特別な時、特別な人だけに許されることです。
しかし、天使は神の言葉を携えて今もわたしたちの元に降り立ってまいります。

二千年前、ナザレという町にいたマリアは、この天使の羽音を聞いたのです。
それは翼のこすれるかすかな音、ランプの灯火を揺らすかすかな風。
天使は羽音を聞かせるだけではなく、神の言葉を告げ知らせます。

おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。

ここで肝心なのは、天使の羽音を聞くことでも、姿を見ることでもありません。
神からの使者が告げる神の言葉を聞き、受け入れることです。
天使は今も、神の言葉を携えてわたしたちの元を訪れます。
いろいろな時、いろいろな場所、いろいろな機会に神の言葉を語ります。
祈りの時、礼拝の時、聖書を読む時、読書の時、眠る時、働く時・・。
神の言葉は、わたしたちに告げられています。
神の言葉を、わたしたちはどう聞いて、どう受け止めるのでしょうか。
天使は小さく囁くので、忙しいわたしたちには聞こえないでしょうか。
多くの雑音や騒音、コマーシャルや勧誘の声に紛れてしまうでしょうか。
特売、健康や美容の宣伝、投資や蓄財など、
この世の「良い知らせ」(福音)が大々的に宣伝されています。
こうすれば儲かるだとか、これを飲めば健康になる、こうすれば幸せになれる…
そのために天使の囁く神の言葉など、耳に入らないでしょうか。
安全や平和の議論、癒しやセラピーの話に忙しすぎるのでしょうか。
現代はテレビの音が大きくて、天使の囁きなどは聞こえないでしょうか。
都合の良いことだけ聞いて、後は聞き流す習慣が身に付いたでしょうか。
昔、マリアだって世の騒音やニュースに晒されていたはずです。
戦争やテロリズム、経済や宗教、そして家族と結婚問題もありました。
世の騒音や雑音、良い知らせや悪い知らせが渦巻いていたはずです。
しかし、マリアは天使の告げる神の言葉をはっきりと聞き分けました。
天使を通して、神は彼女が神の御子の母となると告げたのです。
マリアはその神の言葉を聞いて受け入れ、確信を込めて答えました。

  お言葉どおり、この身に成りますように。

もし、マリアが天使の言葉に耳を傾けることがなかったとしたら・・。
もし、マリアが天使の告げる神の言葉を拒んだとしたら・・。
神はマリアの意に反して神の御子を押しつけたでしょうか。
それとも、神の御子は生まれることがなかったでしょうか。
その答えは、わたしたちには知る由もありません。
ただ一つ確かなことは、彼女は神の言葉を受け止めたということです。

マリアの行いはすばらしいものでしたが、マリアは、信仰によって救われました。
マリアの信仰は、最初から完成されたものではなく、その後も成長させられました。
マリアは最後まで、耐え忍ぶ信仰だったと言えるでしょう。
私たちが、もし信仰をやめようと思う時があったら、マリアのことを考えてください。

今年も師走になり、忙しくあわただしい季節になりました。
忙しいときほど、わたしたちはマリアの信仰に立ち返り、いっそう神の言葉を聞き分けましょう。
もろもろの雑音に紛れ込んでいる、かすかな語りかけに注意しましょう。
世の雑音や、世の言葉が多いときほど、大切なものを選び取りましょう。

冒頭でも申し上げましたが世の中はクリスマスムード一色です。
町は光にあふれ、人々はご馳走を食べ、プレゼントを買い求めています。
なんとなくウキウキしているそんな季節です。
私たちにとって喜び、祝福はなんでしょうか、
その人の置かれた環境、境遇には関係なく、主が共におられるかどうかということです。
そしてインマヌエルの主が私たちと共におられると言う、臨在信仰の中に生きる時、主がその人を栄えさせられるのです。
幸せとは満足することができるということです(フィリピ4:11-13)。
どんな境遇であっても、喜び、感謝することができるのです。
私たちと共にいて下さり、強くして下さる主は、どんなことでもできる御方だからです。

悔いの残らない人生とは、明確な使命が与えられていることです。
使命とは命の使い道を知っているとも言えます。
命とは私たちに与えられている時間でもあり、それぞれに与えられている時間をどのように使うかということです。
神様は、私たち一人ひとりに、救い主イエス様の使命の一端を担うことを願っておられます。
天地万物の創造者であられる神様が私たち一人ひとりに目を留め、使命を与えて下さっているのです。
使命が何であるか悟って生きる人生とは、何と幸いな人生でしょうか。

使命が与えられる時、誰もが喜びと共に不安や戸惑いを覚えるのではないでしょうか(マタイ1:18-19)。
使命を与えられる神様は、それに伴い、その使命を遂行できるだけの力を備えて下さるのです(ルカ1:35、37、出エジプト40:34、14:19)。
いと高き神様の力が私たちを覆っていて下さるのです。
私たちの霊の目、信仰の目を開いて見る時、主が共にいて下さいます。

天使は、今も神の言葉を告げるために、わたしたちを訪れます。
でも、わたしたちが神の言葉を聞くときは、覚悟が必要です。
神の言葉は、わたしたちを揺り動かし、わたしたちを変えるからです。
自分は何も変わらず、幸運だけを御言葉に期待することはできません。
もし、わたしたちが神の言葉を聞き、それを受け入れるならば、
わたしたちも、マリアと同じ言葉で答えなければなりません。
「お言葉どおり、この身に成りますように」と。
神の言葉は、わたしたちに今も、このように語りかけ、呼びかけます。
「悔い改めて主に従いなさい、天の国を目指す旅人になりなさい」。
神の言葉に聞き従うということは、わたしたちが変えられることです。
「今のままで何も変わらなくて良い」などとは神は言われません。
もう同じ生き方に戻ることはありません。
マリアがそうであったように。
わたしたちは神の民、神の国に国籍を持つ旅人とされるのですから。
天使はいつの時代にも、無数に天と地の間を行き来しています。
天使は今も、神の言葉を携えてわたしたちを訪れます。
天使の羽音は、わたしたちの心を揺り動かし、戸惑わせることでしょう。
それは、何か普通ではない、特別なことが自分に起こるしるしです。
天使の羽音が近づくと、神の言葉がわたしたちに告げられるのです。
その時、あなたは神の言葉をどう受け止めるでしょうか。
そして、それにどう応えてゆくのでしょうか?
答えはただ一つ、マリアと同じではないのでしょうか。
神はわたしたちに今も御言葉を語りかけます。
「あなたの罪を赦し、神の子としよう」。
わたしたちは答えましょう。
「お言葉どおり、この身になりますように」。
「あなたをわたしの子として、天の世継ぎにしよう」。
「お言葉どおり、この身に成りますように」。


主の御降誕を待ち望みましょう。

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