日本ナザレン教団 成田キリスト教会

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zoom RSS 言葉によって生きる 2009/2/22 ヨハネ4:43-50

<<   作成日時 : 2009/02/23 12:05   >>

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作家の村上春樹さんがエルサレム賞を受賞しました。
授賞式に参加する、しないとの話題になりましたが、さまざまな危険を顧みず授賞式に出席しました。
村上さんは英語で「作家は自分の目で見たことしか信じない。私は非関与や沈黙をするより、ここに来て、見て、語ることを選んだ」と述べました。
ガザ攻撃については「1000人以上が死亡し、その多くは非武装の子供やお年寄りだった」と言及し、事実上イスラエル軍の過剰攻撃を批判しました。
日本国内で受賞拒否を求める声が挙がったことも説明しました。
そのうえで村上さんは、人間を殻のもろい「卵」に例えました。
一方イスラエル軍の戦車や白リン弾、イスラム原理主義組織ハマスのロケット弾など双方の武器や、それらを使う体制を「壁」と表現しました。
「私たちは皆、壁に直面した卵だ。しかし、壁は私たちが作り出したのであり、制御しなければならない」と述べて命の尊さを訴えました。
熱狂的なシオニストに狙われることなく、村上さんのように、堂々と平和を願い求める宣言をできる人が増えていってくれることを願います。
一方、100歩譲って体調が悪かったことを考慮に入れても、ローマやバチカンでの醜態をさらしてしまった大臣の対応とはこうも違うものか、という思いになります。
先週はエルサレムとバチカンというキリスト教にとってとてもかかわりのある場所で世界の中に日本をあらわす出来事が起こりました。

さて、私たちはこの何週間かかけて、主イエスがサマリアで一人の女と出会われ、その出会いを契機にサマリアの人々の悔い改めが起きたことを学びました。
主イエスはサマリアに二日滞在され、それからガリラヤに向かわれました。
わざわざ2日もシカルに滞在したということです。
そのガリラヤの町、カファルナウムで起こった出来事を学びます。
この町は旧約聖書には出てきませんので、バビロン捕囚後にできた町だと考えられています。
ダマスコからカファルナウム周辺を通って、ナザレの近くのセフォリスから地中海に抜ける「海の道」という街道がありました。
ですから新約の時代にはずいぶんとこの町は繁盛していたようでした。
「カファルナウム」の意味は、ナホムの村ということです。
旧約聖書にはナホム書というのがありますが、小預言者とよばれる預言書の後半に納められています。
このナホムと言う言葉は、ヘブル語で「慰め」という意味です。
マタイ4章13節には「ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた」とあります。
主イエスはこのカファルナウムに住まわれたのです。
口語訳聖書ではカペナウムという名で出てくる町です。
ですから、癒しの村での出来事が2番目のしるしということになります。
サマリアと同じく、ここでも決定的な出会いが起こりました。
そのことにより、 家族の救いが生じたというお話です。

主イエスが故郷のガリラヤに戻られた時、ガリラヤの人たちはイエスを歓迎したと書かれています。
そこで、「預言者は故郷では敬われない」ということわざを引きます。
この引用は皮肉に聞こえます。
実は、この故郷というのがどこを指すのかということでいくつかの説があります。
ナザレを含むガリラヤであると考えるのが一般的ですが、エルサレムを中心としたユダヤ地方だという考え方もあります。
たとえどこで生まれ、どこに住んでいようともエルサレムはすべてのイスラエル人にとっての故郷であると言えるからです。
じつは、このヨハネの福音書は特にその後者の立場をとっています。
そのことを踏まえると、ヨハネの福音書をより理解できます。
この箇所ではガリラヤで受け入れられている上に、エルサレムで人々と主イエスの対立を描いているからです。
ガリラヤの人たちも過越祭りの時にはエルサレムに巡礼に行き、そこで主イエスが為された数々のいやしの業を見たのと同時に、宮清めも見ていたはずです。
宮清めは一般的なユダヤ人には受け入れがたい行為だったはずです。
そのことを知っているにもかかわらず、本日の箇所では主イエスを受け入れています。
宮清めが時系列的にもっと後に起こったことであったと考えることもできますが、ヨハネはそのことにあまり注目していないということです。
すでに、主イエスは病のいやしでの評判を集めるようになっていました。
そのうわさは、ガリラヤの中心であるカファルナウムにも伝えられていました。
それほどに奇跡を起こしておられたということです。

ガリラヤの人たちは、主イエスがどこで生まれ、どのようにしてお育ちになったかをよく知っていたはずです。
ヨハネ福音書はほかの福音書とは違い、主イエスがベツレヘムで生まれたとか、乙女マリアから生まれたという伝承を持ちません。
素直にナザレでありきたりの父と母から生まれ、育ったということを強調しています。
福音書記者ヨハネは、主が特別に生まれ方をしたというエピソードなど外面的な事実を超えて主イエスの存在をあらわすのです。
つまり主イエスが特別な生まれ方をしたから神の子なのではなく、神様がこの世を救うために遣わした神の一人子だということです。
じつは、このことが最大の躓きを与える原因です。
主イエスの奇跡(しるし)ではなく、そのことばによって主イエスを信じること、
それだけが救い主イエスに出会うことだというのです。

カファルナウムの王宮に仕える一人の役人が、そのうわさを聞いて、主イエスがおられたカナの地まで会いに来ました。
彼の息子は重い病気にかかっていました。
さまざまな治療をしたにもかかわらず治りませんでした。
役人は最後の頼みとして、イエスにいやしていただくために、30キロの道のりを歩いて来ていたのです。
役人はイエスに、カペナウムまで下って息子をいやしてくれるように頼みました。
しかし、イエスの返事は冷たいものでした「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」(ヨハネ4:48)。
あなた方はご利益だけを求め、何が神の御心であるかは求めようとしない、あなたもそうかとイエスは問われました。
ここで「あなた方」、一人ではなく複数形を用いています。
これはユダヤ人全体を指し、失望しているのではなく、この将校がヘロデ王の役人の一人であるということを前提に、主イエスのおこなう軌跡にのみ関心がある。
興味本位でしるしを見たいと思っていることをはねつけているのです。

しかし、役人はあきらめませんでした。
息子の命がかかっているからです。
彼はくじけずに訴えた「主よ、子供が死なないうちに、おいでください」(49)。
イエスは父親の熱心に感動して言われた「帰りなさい。あなたの息子は生きる」(50)。
父親は、イエスが来てくれないので半ばがっかりして、でも「あなたの息子は生きる」と言われたので半ば期待して、帰りの道につきました。
その途中で、迎えに来た召使たちと出会い、息子が良くなったと聞きます。
息子の熱が下がった時間を尋ねると、午後1時で、イエスが「あなたの息子は生きる」と言われたのと、同じ時間であることを知った。
「彼も彼の家族もこぞって信じた」とヨハネ福音書は記しています。

彼はカファルナウムの王宮に仕える役人でした。
カペナウムにはガリラヤの領主ヘロデ・アンテイパスの王宮がありました。
ヘロデに仕える高官ないし軍人であったと思われます。
役人と訳されているバシリコスという言葉は身分の高い役人を意味するし、召使がいることからも、相応の身分の人だったと思われます。
つまり、その身分の高い将校が、イエスの前に頭を下げたのです。
カナの人々はその有様を見て、びっくりしたであろう。
いわば政府の高官が大工の息子の前にひれ伏したのです。
この話に似た話がマルコ5章にあります。
会堂司ヤイロの娘のいやしです。
会堂司と言うユダヤ教の指導者が、体面をかなぐり捨てて、娘のためにイエスの前にひれ伏した。
ひれ伏すとは、日本式に言えば土下座することです。
ユダヤ教の指導者が、異端としてユダヤ当局からにらまれていたイエスの前に土下座して、娘のいやしを願いました。
この熱心が娘のいやしにつながったのです。
本当に大事なものを救うためには、その外のものはどうでも良くなるのです。
マタイ15章のカナンの女の時もそうだった。
精神の病に苦しむ娘のいやしを求める母親にイエスは言われる「私は異邦人のためには遣わされていない」。
母親はそれでも願い続け、願いはかなえられた(マタイ15:28)。
この役人の場合でも、もし彼が怒ってそこを去っていたならば、奇跡は起きなかったであろう。
このことは、もし私たちが本気でイエスの憐れみを求め続ければ、それは与えられるのだ。

主イエスは誰かを信じさせるために、あるいは自分の力を示すために、奇跡を行われた事は一度たりとありません。
では、主イエスの癒しとはどんなものでしょうか。
キリストの救い、福音とは決して抽象的なものではないということです。
非常に具体的であり日常的なものです。
主の祈りに「日用の糧を与えたまえ」と「われらの罪をも赦したまえ」という言葉が続いていることにもその理由があります。
近年まで精神的な問題は、外面と切り離されて考えられていましたが、私たちの内面と外面は非常に複雑に絡み合っています。
罪の赦しと日々の養いは表裏一体だということです。
そう考えると、「あなたの罪は赦された」という主の宣言によって、体が癒されたという記事にも納得がいくでしょう。

ここで主イエスが言われた言葉「あなたの息子は生きる」と言う言葉には「ザウ」というギリシャ語が用いられています。
ギリシャ語で生命を表す言葉には二つの言葉がある。
一つは「ビオス」と言う言葉で、生命体として生きることを指します。
それに対して「ゾーエー=動詞ザウの名詞形」と言う言葉は、人を生かしている原動力や生命力を示し、霊的に生きることを指します。
イエスは父親に「あなたの息子は生きる」と言われました。
ここで「助かる」でもなく「治る」でもなく、「生きる」と言われたことに注目しなければなりません。
口語訳聖書では、「あなたの息子は助かる」でありました。
また、別の訳の聖書では「あなたの息子は癒される」というのもあります。
しかしギリシャ語の原文では、「あなたの息子は生きている」51節の言葉と同じ言葉です。
これは、ある本によれば、「私が取り戻した」という主イエスの宣言だということでした。
たしかに、死にそうだから助けてほしいと願い出たのに、「あなたの息子は生きている」といわれても、その言葉は受け取るほうからすれば、疑問の残る回答です。
役人は、しるしを求め、その証拠を見せてください、と食い下がって然りでした。
そんなことをいわれても、今にもしにそうだった息子は、今、こうしているときでさえどうなっているかわからない。
イエス先生、そりゃ、確かに今はまだ生きてるかもしれませんが、とにかくいらしてください。
そんな風に反論することなく、「イエスの言われた言葉を信じて帰って」行ったのです。
母マリアの、「お言葉通りこの身になりますように」と同じまだ見ぬ信仰です。
今では携帯電話ですぐに調べることができますが、そうは行きません。
ついてきた家来に、今すぐ家に走って帰って病状を確認して報告するように、そそうしたら信じよう、そんな命令をすることもできたはずです。
しかし、そうはしませんでした。
福音書はここにこの役人の信仰の真実があると見ています。
この主の言葉が役人の魂をつかんで、疑いの心を変えてくださったのです。

病気が治ってもいつか人は死にます。
肉体には限界があるのです。
役人の息子はその時は元気になったが、当然その後死んだでしょう。
この出来事によって救いを体験したこの役人も死んでいったでしょう。
本当に大事なものは死んでも死なない命をいただくこと、ビオスではなくゾーエーの命をいただくことだということです。

この物語の主題は、死に直面した息子がいやされたことではなく、父親が息子のいやしを契機に信仰者に変えられたことです。
新共同訳聖書のデメリットのひとつが、タイトルによる先入観です。
そして父親の回心が家族全体の回心を招いた(4:52)。
じつはここに本当の奇跡があるのです。

父である役人は信じました。
宮廷に仕える役人として、彼のその後の生涯は苦難に満ちたものになったと思われます。
彼が仕えていた王はヘロデ・アンテイパスであり、その父ヘロデ大王は救い主が生まれたとのうわさを聞いて、ベツレヘムの子供たちを虐殺した人です。
その子アンテイパスは自分を批判したバプテスマのヨハネを捕らえ、その首をはねました。
ヘロデはこの世の快楽を追及し、その治世は血に満ちており、主イエスは彼を「狐」と呼んだと記されています(ルカ13:32)。
主イエスを信じた彼が、そのヘロデに仕えるためには、多くの困難があったと思われます。
しかし、主イエスが与えてくれたものを見て信じた彼は、もはやそれらのことにはまったく気に留めなかったでしょう。
宝物やよい真珠を見つけた人もそうであったように、一番大事なものを見つけた人は他のものはどうでも良くなるのです。
息子が癒されるということは見つける途中経過にあるきっかけに過ぎないというのです。

ルカ8章にイエスに従う女性達の名前が在ります。そこに「ヘロデの家令クザの妻ヨハンナ」と言う名前があります(ルカ8:3)。
ですからこの役人の名前は恐らくこの「クザ」で、息子のいやしを契機に、この父親は信仰に入り、その妻も、また息子もイエスを信じたと考えられています。
わざわざ名前が残っているということは、クザさんもその妻ハンナも古代教会に置いて重要な役割を担い、多くの人に名の知れた働きをしたのだと思われます。
ちなみに「クザ」とは水差しが語源になっています。
クザ一家はみな「永遠の命=ゾーエー」をいただき、主イエスのために働いたのです。

「苦難の日には私を呼び求めよ。私はあなたを助ける」(50)と神は言われます。
まずは、苦しい時の神頼みでも良いから私を求めよ。と。
求める者には必ず応えると神は約束されています。
私たちはこの約束を信じて良い。
このヘロデに仕える役人クザも、会堂司のヤイロも、カナンの女も、マルタも、みな求めて与えられてきました。
私も皆さんも求めて与えられてきました。
そして神が応えてくださる時、私たちは人生にとって、何が一番大事なものであるかを見出すのです。
み言葉によって死ぬべきものが生かされることは私たちにとってはこの上ないしるしです。
しかし、そのことよりもこの出来事によって家族が救われたということこそがヨハネの伝えたかったしるしなのです。
主は言われました。
「あなたの息子は生きる」、しかしこのような肉体の癒しが教会を作ったのではありません。
すでに主イエスの癒しのうわさが広まっていたにもかかわらず、福音書記者ヨハネがガリラヤでの2回目のしるしだと宣言するのです。
カナの婚礼の席での水をぶどう酒に変える奇跡と同じだというのです。
主イエスが何者で、何をするために来た方であるかを示すこととしてこの出来事が起こったというのです。
主イエスご自身が「命の主」であることを示してくださったのです。
目に見えるしるしは、人の目や心をひきつけます。
しかしこのしるしによって起こる神の働き、恵みの経験こそがしるしなのです。
そして、このしるしも、主のお言葉によってなされました。
私たちも身言葉によって生かされるものとして、この身になりますように。という信仰を持って
神から受けた命の道を歩んでまいりましょう。

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