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タイトル 日 時
光のあるうちに 2012/3/25 ヨハネ12:35-50
日課的にはこの時期に読まれることの多い箇所ですが、私はよく秋の夕暮れをイメージします。子供の頃、まだ陽があると思って外で遊んでいると、あっという間に夕暮れが迫ってきて、走って家に帰ったことがよくありました。 ユダヤでは日没が一日の始まりですから新しい日のイメージなのかもしれませんが、世に闇が満ちることによって真実は塞がれてしまいます。奇跡を求める世の人々の軽薄さや自らの社会的な立場を捨てきれない世俗性によって人は信仰の後天的盲目となってしまいます。ヨハネは預言者イザヤの言葉を引きながら告げ... ...続きを見る

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2012/03/25 12:16
関東Teen'scamp 2012/3/19-20 Here, I am to Worship
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2012/03/21 20:05
世が救われるため 2012/3/18  ヨハネ3:13-21
四旬節第四主日に「聖書の中の聖書」と呼ばれるヨハネ3章16節を含む箇所を四旬節第四主日に分かち合います。 この16節によって、神が主イエスを世に送られるほど世を愛されたという神の姿が示されています。さらにそこから展開して、神の思いを託された主が世に来られた使命が伝えています。16節に目が行ってしまい流れで読んでしまいがちですが、とても意義深い箇所です。 まず主が世に来られたのは「裁く」のではなく「救う」というのが目的だというのです。この福音書が書かれた頃、キリスト教会は虐げられるもので小... ...続きを見る

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2012/03/18 11:40
たった3日で 2012/3/11  ヨハネ2:13-22 
主の宮清めと呼ばれる箇所です。ヨハネ福音書では、他の福音書と違って、主の公の生涯の活動の最初に、宮清めの出来事が位置づけられています。 他の福音書と比較してどちらが歴史的に正しいのかはよく分かりません。ヨハネ福音書記者は、主の公の活動の最初にこの出来事をどうしても置かねばならない必要性を感じたのでありましょう。つまりこれは、いわば主の宣戦布告ともいうべき行動です。 エルサレム神殿にいたのは形骸的に両替商や動物を売る者たちでした。またそれらから形式的に捧げ物を買う民衆でした。お互いの利害関係に... ...続きを見る

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2012/03/16 07:52
主の杯を飲む者  2012/3/4 マルコ10
受難告知と呼ばれる箇所です。今回の三回目の予告の言葉はほとんど受難物語の要約になっています。これらの言葉は単なる事後予言ではありません。マルコは、主が将来の出来事を予告されたことよりもむしろ、福音の本質としてこの福音書の核心をなす最も重要な言葉として繰り返すのです。ですからこれらの言葉は「受難告知」というよりは「復活予告・神の国の本質告知」と呼ぶべきだと思います。 「あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受けるバプテスマを受けることができるか」というイエスの問いに対して、彼らは「できます」... ...続きを見る

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2012/03/04 18:05

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日本ナザレン教団 成田キリスト教会 2012年3月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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