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タイトル 日 時
今こそ来ませ 2011/11/27
イザヤは天に居られる神に向かって 「あなたが天から降って来てくださって、この地に満ちた罪を、不正を裁いてください。あなたの憐れみを、あなたの真実を直接示してください。」そう願い、訴えます。 神の名を呼ぶことさえ、恐れ多いと考えられていた時代において、このイザヤの祈りは、大胆不敵、あり得ない祈りです。 「天から見ているだけではなく、地に降って来てください。直接あなたの憐れみを、真実を示してください。」そう祈ったのです。 神は「ばかばかしい、なぜ神なる私が、おろかな人間の為に地上に降... ...続きを見る

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2011/11/27 12:04
主と共に生きるために 2011/11/20 エゼキエル34:11-16
祭司でもあったエゼキエルは、捕囚の民に幻を語りました。本日の箇所はイスラエル陥落によってバビロンにつれてこられた民が戻るべき場所を失ってしまって、失望してしまったときに語られた箇所です。 イスラエルは神によって選ばれているという確信がありましたが、神から与えた祝福の土地まで追われ奪われ、神殿まで壊されて、完全に神に見放されてしまったような思いの中にありました。そのような中で、神はイスラエルの人々のことを「わたしの群れ」と呼びます。牧者が自分の羊の世話をするように、主ご自身が立ち上がり、... ...続きを見る

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2011/11/20 13:23
主に喜ばれて生きる 2011/11/13 テサロニケ一 5:1-11
教会暦ではもう年末を迎えようとしています。 特にこの2011年は私たちにとって忘れることのできない年となりました。今後日本の社会科の教科書に地震・津波、そして原発事故のあった年として刻まれることでしょう。私たちは信仰者として このことにどう向かい合い、信仰的な結論を出すべきなのでしょうか。 さて、旧約聖書の預言は未来完了系で語られます。つまり今は完成していないけれど、いずれの日にかそれは必ず成し遂げられたということです。それはイスラエルに示された希望です。 成田教会にとっても記念の年... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/11/13 13:01
勝利を賜る神 2011/11/6  Tコリント15:50-58
キリスト教が他の多くの宗教との違いはキリスト・イエスが人として生き、死んで復活されたということの信仰があることです。私たちに先立ってのキリストの復活は、私たちの復活の道備えであり、道を示すものです。パウロは単にイエスという偉人の話を伝えるのではなく、十字架と復活こそが福音の中心であり、何よりもキリストを信じる根拠であると主張します。そして主イエスが再臨された時、ラッパの音を合図にして、一瞬にして作り変えられるのだと宣言します。「一瞬のうちに」とは、まばたきをしているうちにという意味で... ...続きを見る

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2011/11/06 18:35

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日本ナザレン教団 成田キリスト教会 2011年11月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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