日本ナザレン教団 成田キリスト教会

アクセスカウンタ

zoom RSS いースター 早天礼拝 2011/4/24

<<   作成日時 : 2011/04/25 18:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0





さて、今日はイースター礼拝。イエス・キリスト様が死んでよみがえられたことを記念する日です。
マルコによる福音書から共に復活の記事を見てまいりましょう。
三人の女性が墓を見に行きました。
今日のように朝からいい天気ですと、どこかに出かけたくなる気持ちになります。
桜を見に行くというようなことではなく、イエス様の遺体に香料を塗るためでした。
金曜日の夕方にイエス様は亡くなりました。
日が落ちると土曜日です。
土曜日はユダヤの安息日であまり遠くへ行くことはできません。
もちろん墓へも行くことはできません。
ですから、安息日が終わって日曜日の朝早くにお墓に行ったのです。
イエス様がよみがえるということを三人は全く考えもしませんでした。

今もそうですけれど当時は お墓は人生の終わりだと考えられていました。
死は私たち人間にとりましては、最も恐ろしいことです。
その先には何があるのか分からないからです。


とても不安です。
死の大きな壁を誰も越えることができません。
イエス様は十字架刑で完全に死なれました。
完全に死なれたイエス様、墓に葬られたイエス様がよみがえられるということは私たちの常識では考えられないことです。
それだけに死とは恐ろしいものです。
そして死は誰もが避けることができないことなのです。
常識的に考えればもう一巻の終わりです。

イエス様の遺体に香油を塗るということを弟子たちは馬鹿にしたかも知れません。
ですから男の人は一緒にはいかなかったのかもしれません。
ヨハネ福音書には高価な香油をイエス様にささげた女の人が登場します。
弟子たちは、そんなお金があるなら、貧しい人にささげるべきだ と言いました。

聖書は女性を高く評価しています。
無意味だ、と思えることもこの女性たちにはそうせずにはおれなかったことなのです。
そんなことをしてもムダだ、と馬鹿にされてもそうせずにはおれなかったのです。
それはイエス様から愛、たくさんの恵みをいただいていたからです。
だから、そうせずにはおれなかったのです。
イエス様のご遺体に香油を塗ってさしあげたい、それがどうのこうのではなく、そうせずにはおれなかったのです。

この気持ちは大切だと思います。
しかし、一つ問題がありました。
墓の入り口にある大きな石をどうしてのけるか、ということでした。
マルコ、ルカ、ヨハネの福音書には、石がどうして転がされたのかは、記されていません。
マタイによる福音書28章2節には、「大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。」とあります。心配していた石は脇へ転がしてありました。
不可能を可能にするには理由が必要だったからです。

イエス様の遺体に香油を塗りたいと願う、その先には神様の導きがありました。私たちも将来に対して、経済的なこと、健康のこと、親や子どものこと、信仰生活のことといろいろな不安があることでしょう。
しかし、イエス様をしたい、イエス様のためにしたいと願う思いを持ちながら進むその人生に、待ち受ける不安や問題、神様が先回りしてり、導いて下さるのです。
イエス様から受けた愛、恵みのゆえに、せずにはおれない、この思いからのささげもの、奉仕をさせていただきたいと思います。

イエス様はすでに復活しておられました。
この事実を弟子たちとペトロに伝えなさい、と白い長い衣を着た若者、おそらく天使が言いました。
弟子たちとペトロ、わざわざペトロと名指しておられます。
三日前に、イエス様を三度も知らないといったペトロ、イエス様との関係を完全に否定したペトロ、イエス様を裏切ったペトロに伝えなさい、と言われました。イエス様の十字架は全人類の罪のためでした。
ペトロのように、神様を否定し、自分勝手に生きた私のために十字架にかかられました。
しかし、イエス様はよみがえられたのです。
自分を責め、名指しで言われなければならないほど罪深い私のために十字架にかかられ、そして私のためによみがえられたのです。
その喜びの知らせを、つらい気持ちでいるペトロにと言われたのです。
今、罪を犯して苦しんでいる人がいますか。
人を攻めていやな思いでいる人はいませんか。
取り返しのつかないことをしたと沈んでいる人がいますか。
何かの理由で自分を責めている人はいないでしょうか。
イエス様はそのような人たちのためによみがえり、死に勝利されたのです。
それはあなたのためなのです。

この後に出てきますマグダラのマリアは七つの悪霊につかれ罪の女といわれた人です。
その彼女に復活したイエス様は最初に現れてくださいました。
ですから一番私が罪深い者です。
一番駄目な者ですと思っているあなたにイエス様は現れて下さるのです。
11節、「しかし、彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。」。
13節、「この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった。」とあります。
イエス様から三度、「私は死んでよみがえる」ということを聞いておりながらも、イエス様の復活を一番信じ、喜ばなければならない弟子たちが全く信じなかったのです。
私たちは信じない者にならないで信じる者となりたいと思います。
弟子たちが信じても信じなくても、イエス様は死を破られてよみがえられたのです。
あなたの罪のために十字架にかかられ、あなたに永遠の命を与えるためによみがえられたのです。
不可能を可能にするために、人間の常識を突き破って主は復活なさったのです。

イ−スター、それはイエス様のよみがえりの日です。
イエス様が死を打ち破られた日です。
死に勝利された日です。
イエス様の復活を信じる者、感謝する者に同じように復活の恵みを与えて下さるのです。
2000年前に、イエス様は確かに死を破られ、よみがえられたのです。
そして今も生きて私たちと共にいてくださるのです。

私こそ、一番ダメだと思うあなたのためにイエス様が十字架であなたのすべての罪、問題を解決され、処理され、イエス様が墓からよみがえられたことにより、私たちにも復活の命、永遠の命を与えて下さるのです。
今日、あなたもこの恵みに預かりましょう。

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
いースター 早天礼拝 2011/4/24 日本ナザレン教団 成田キリスト教会/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる