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zoom RSS 私に従いなさい 2010/12/26 ヨハネ21:15-19

<<   作成日時 : 2011/01/02 13:27   >>

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2010年の最後の礼拝にこの箇所を選びました。
調べてみますと、2008年のアドベントからヨハネ福音書から聞いてきました。
待降節や受難節には別の箇所から という時もありましたが、丸2年ということになります。
長く苦しいこともありましたが、振り返るとよい学びであったという感想を持つのは自画自賛でしょうか。

教会の暦的にはクリスマス後の主日ですが、ヨハネ福音書の最後、2010年の最後にはこの箇所が相応しいと思います。


本日の箇所で復活の主イエス・キリストからペトロは三度「あなたは、わたしを愛するか」と問われています(21:15−18)。
三度という数は、十字架を前にした裁判の時に、ペテロが鶏の鳴く前に三度「私はイエス様とは無関係だ」と言って、イエス様を裏切った回数と一緒です(マタイ26:57−75)。イエス様はペテロに「あなたは、わたしを愛するか」 と三度問うことによって、裏切りの罪を正し、彼が悔改めて再献身するように導かれたのです。
ここで用いられている「愛する」という言葉が違うことは説教でもよく用いられる所です。
そして、主イエスのペトロへの呼びかけは、二度・三度と繰り返されます(16-17)。そして三度目は、主イエスが「アガパオー」ではなく「フィレオー」で問いかけて下さったのです。

それは「エロース(ερως)性愛」、「フィリア(φιλια)隣人愛(友愛)」、「アガペー(αγαπη)神の愛(カリータス)」そして「storge, στοργήストルゲー 家族愛(肉親愛,血族愛)」です。
ペトロは、主イエスの真の愛に、心を痛め、悲しくなります。
ペトロに取っては、自分の罪の重さがのしかかります。
しかし同時にそれでもなお罪を赦し、救い、宣教者として召して下さる主の愛を受け入れ、主を信じる者へと変えられていくのです。

そしてペトロの罪を担って下さったキリストが、今、あなたに対しても、同じ問いかけをして下さっているのです。
そして主イエスは続けてペトロに語られます(18)。
「はっきり言っておく」とは、「アーメン、アーメン」です。
「確かです、その通りです」との意味です。
主イエスが「アーメン、アーメン」と語られる時、この後に続く言葉が、確実にその通りになるのですよということを、語っているのです。
ペトロは、主イエスを宣べ伝え、最終的には、逆さ十字架の刑で死を遂げたと言われています。そのことが主イエスによって預言されたのです(19)。

ペテロは心底悔改めて、イエス様の弟子として仕えて行くことを 再決意しました。
ところが、ふと隣にいるヨハネのことが気になって、「私は従いますが、このヨハネはどうなりますか」と聞いた時、イエス様が答えたのが22節です。
イエス様は、「仮にわたしが再臨する時までヨハネが生き永らえることが出来たとしても、それは彼の人生であって、あなたには何の関係もない。わたしは、ペテロよ、今あなたにのみ語っているのだ。あなたがわたしに従って来ることは、わたしとあなたの問題だ。人や周りのものを見ないで、あなたはわたしだけを見て、わたしに従って来なさい」という事をペテロにハッキリと告げています。
ところで、私たちは信仰を自分で求めて、自分で探したと思っています。
しかし、それは違うのです。
聖書朗読の箇所、イザヤ43章に「わたしはあなたの名を呼んだ」とありました。
最初の人間アダムとエバが罪を犯して、神様に見つからないように身を隠したことがあります。
その時に主なる神は「あなたはどこにいるのか」とアダムとエバに呼びかけておられます(創世記38−9)。
それ以来、主は人間を罪から救い、永遠の天国に導くために、私たちを呼び求めておられます。
その呼びかけがあるので、私たちはその呼びかけに応じて、主を求めることが出来るのです。
イエス様は、「わたしに従って来なさい」と、あらゆる機会を通して、今でも私たちに呼びかけておられます。

時には、イエス様は苦難という非常手段を通して呼びかける時があります。
実に様々な方法を通して、イエス様は「わたしの許に来なさい。あなた方を休ませてあげよう」(マタイ11:28)とねぎらいの言葉を欠けてくださいます。
「あなたは、わたしに従って来なさい」・・・私自身は、今この御言葉に応答するように、イエス様が私に語りかけて下さっていることを信じます。
そう信じることが出来るのは、それは私が救いの選びを受け、「イエス・キリストは主である」(ピリピ2:11)という信仰を与えられているからです。
皆さんも同じです。
誰がどのような形でイエス様の救いを受けるのかは、私たちには分りません。
大事なことは、「私はイエス様を信じ、イエス様に従い続けます」という信仰を日々に告白することです。
昨日信じていたから、今日は自動的に信じることが出来るということはありません。
従うのは今日であり、今です。従う者に対し、イエス様は「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを棄てない」(ヘブル13:5)と約束されています。
イエス様に従って行こうという決断を、祈って新たにして参りましょう。
愛しているかという 3度の問いにつづいて、
「わたしの子羊を飼いなさい」、「わたしの羊の世話をしなさい」…と3度、主はペトロに命じました。
彼の負うべき務めが語られているのはそのためです。
主は挫折したペトロ、主の愛を裏切った彼のすべてを赦して、新たに弟子として起用されたのです。


内村鑑三という信仰者がいました。
多くの信仰の書物を出版し、その集会には毎週何百人という人が詰め掛けていました。彼は「私のことを宗教的偉人であるとか、才能があるからであるか言う人がいる。そうではない。 本を出版し、集会を保つためには多くの隠れた骨折り仕事(drudgery)がある」ということを述べています。
雑用10年という言葉があります。
役にも立たないような下働きを通して、仕事の大切さ、また人と協調して行く態度などが養われて行きます。
奉仕をしている 方々は人知れぬところで汗を流して備えていると思います。

「私の羊」とは、何よりも教会につながっていく信徒や求道者の群れであります。
しかし、私たちは、主イエスによって、みもとに、招かれた者として、毎日出会うすべての人々、特に失われている人々や、傷ついている人々にも、み言葉を取り次ぎ、主イエスへと導く使命を、 与えられていると言わなければなりません。
ペトロと同様に、私たちは、自分の誇りや、業績を捨てて、主イエスに従順に従う生活を送りたいものであります。

奉仕の一つ一つが主の業であることを信じ、主に従い行く信仰生活を歩んでまいりたいと思います。


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