日本ナザレン教団 成田キリスト教会

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zoom RSS 収穫の主に感謝 2010/11/21 ヨハネ21:1-14 

<<   作成日時 : 2010/11/21 12:59   >>

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ヨハネ福音書の付録です。
でも、マルコ福音書にいくつかの付録がくっついているような意味での付録ではありません。
マルコの場合は、付録が付いている写本や付いてない写本があります。
また付録の種類もいくつかあります。
ヨハネの場合は付録が付いていない写本はないし、すべて同じ内容です。
そして21章は20章と密接不可分なもので、非常に印象深いものです。
ヨハネ福音書は終わらない。そう言っていいかもしれません。


ルカ福音書5:1〜12によく似た大漁物語があります。
シモン・ペトロが弟子入りの切っ掛けとなった物語です。
比較すると類似点が多いことに気づきます。
場所は「ゲネサレト湖畔」と「ティベリア湖」で共にガリラヤ湖の別名です(ヨハネ6:1)。

おそらくこの大漁物語はガリラヤ地方に流布していたイエスの同じエピソードだと考えられています。
ルカはそれをペトロの弟子入りの切っ掛けの物語の箇所で用い、ヨハネは復活のイエスの顕現物語に用い他のだと思います。
どちらが、本来のものであったのかということについてはもはや知ることはできない。
いずれにせよ、この物語がペトロの生き方の大転換を示すエピソードであることにはかわりありません。
ルカが福音書を書いたのが紀元80年代で、ヨハネ福音書はそれより約10年遅れて90年台以降だとすると、その間にこの物語の細部に口伝特有の変化が見られる。

14節に、「イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう3度目である」とあります。
つまり、20章にあるように、これまでに二度、主イエスはご自身を弟子たちに現されています。
それなのに、弟子たちは誰も、ティベリアス湖の岸辺に立って話しかけて来る人を見ても、それがイエス様だとは分からなかった。
それは一体どういうことなのか?これが不思議なことの一つです。

また、復活された日の夕方、エルサレムの家に鍵を締め切って隠れている弟子たちにイエス様が現れた時、弟子たちは聖霊を受けて、福音を宣教するためにこの世に派遣されています。
それなのに、彼らは、漁師であったシモン・ペトロにとっては故郷であるティベリアス湖で漁をしている。
これは一体どういうことか?
彼らは、宣教命令に応えることなく生業に戻ってしまったのか?

その他にも、ヨハネが描く愛弟子とペトロの関係性だとか、魚が153匹であったこの意味は何であるかとか、たくさんの問題がここにはあり、学者たちの様々な解釈があります。
「そうだな」と思えるものもあれば、中には「いや、それは違うだろう」と思うものもあります。
いつものように、ヨハネ福音書全体の記述から見えてくるものを、見ていきたいと思っています。

ヨハネの特徴の一つ「見る」という言葉が今回も出てきます。
この福音書本文におけるイエス様の最後の言葉は、「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである」という言葉です。
復活の主イエスを肉眼で見ることが出来たペトロやトマスは、私たちにしてみれば、「幸いな人たち」であるに違いありません。
でも、彼らが肉眼で見た復活のイエス様は、戸の鍵を締め切っていてもその部屋に「来て、真ん中に立つ」イエス様なのです。
十字架の傷跡を体に残してはいても、肉体が蘇生したイエス様ではない。
そういう微妙な表現、あるいは神秘的な表現がここにはあります。
そして、そのイエス様が、「見ないのに信じる人は幸いである」とおっしゃっている。
「見ないのに信じる人」とは、聴いて信じる者たちのことです。
つまり、私たちのことです。何度も言ってきましたけれど、私たちが信じることは、イエス様の肉体の蘇生ではなく、新しい霊の体としての復活であり、そこにある罪の赦しと新しい命の付与です。
イエス様は、「神の子メシア」として、私たちの罪を赦し、新しい命を与えて下さるお方です。
今も聖霊において生きて働いておられる。
私たちはそのことを信じる。
その信仰において、私たちは新しい「命」を得るのです。
その信仰にとって、肉眼でイエス様の姿を見る必要はありません。
この説教壇で偉そうに語る私も肉体の目で主を見たことはありません。

そして、信仰において新しい命が与えられていることを実感する者は、「幸いである」という言葉の意味を、その体で知っています。
その「幸い」の意味を言葉で説明する必要もないのです。

今日の個所もまた、その記述は実に微妙であり、神秘的です。そして、なにより美しいと思います。
「イエスはティベリアス湖半で、また弟子たちに御自身を現された。」でも、岸辺に立っておられるイエス様を見ても、弟子たちの誰もそれが「イエスだとは分からなかった」。
その後、イエス様の指示によって、漁を再開すると大漁が与えられる。
その時、「イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに『主だ』と言った。」その時、ペトロは初めて、それが復活された主イエスであることが分かったのです。他の弟子も同様だと思います。
つまり、肉眼で見ても分からない。
「主だ」というだれかの証言を聴いて初めて目が開かれ、主イエスがここにいます。
その証言をした人は、ヨハネ福音書にだけ登場する、イエスの愛弟子、イエス様と深い愛の交わりの中に生きている愛弟子です。
この愛こそが、主イエスを「見る」、あるいは「主だと分かる」ために必須のことなのです。
だから、ペトロは、この後、三度も、「あなたはわたしを愛するか」と問われるのです。

復活の主イエスとは、肉眼で見てすぐ分かる存在ではないということです。
弟子たちに、主イエスが現れた最初の時も、実はその前に、マグダラのマリアによる「わたしは主を見ました」という証言が先立っていました。
マリアもまた、墓の前で天使の証言を聴いています。
その上で、主イエスから二度も語りかけられ、二度も振り返ることを通して、目の前におられるのが主であること、復活されたイエス様であることが分かったのです。
復活された主イエスは、ある意味では、肉眼で確認できるものではない。
ただ信仰によって分かる存在であることが、既にその時から語られているのです。そして、一回お会いすれば、いつでも分かるということでもない。
そこに信仰が含まれる愛がなければ、目の前に主イエスがおられ、語りかけて来られても、それが主イエスであるとは分からない。
そういう信仰的現実が語られているのではないだろうか、と思う。

そしてそれは、ルカ福音書のエマオ途上における弟子たちと同じことです。
その弟子たちは、ずっとイエス様によって語りかけられていたのに、それがイエス様だとは分からず、主イエスがパンを裂いたその瞬間、それがイエス様だと分かった。
しかし、その時、イエス様は見えなくなった。
けれど、彼らは失意の内に後にしたエルサレムに帰って行き、福音宣教に遣わされる使徒となっていきました。
つまり、生まれ変わり、新しい命が与えられたのです。
それは、イエス様を肉眼で「見た」ことで起こったのではなく、イエス様がパンを取り、裂いて渡してくださることが「分かった」ことによって起こったことです。

さてそこで、問題になるのは、なぜペトロを初めとする弟子たちは、ティベリアス湖で漁をしているのかです。
このことを即物的に解釈すると、トマスは漁師だったのか?という疑問が出てきます。
わざわざ「ガリラヤのカナ出身」と書かれるナタナエル、彼もヨハネ福音書にしか出てきません。
そして、カナとはイエス様が最初に水をぶどう酒に変えるしるしを行われた町ですけれど、それは山間部にある町です。
だから彼はもともと漁師ではなかったはずです。
「ゼベダイの子たち」、彼らは他の福音書を見ればヨハネとヤコブという名で、ペトロと同じガリラヤ湖の漁師です。
それ以外の名が記されていない二人の弟子たちは、どうなのか分かりません。
この中に、愛弟子が含まれると考える人もいれば、ゼベダイの子のヨハネが愛弟子であり、実はこの福音書の著者なのだと考える人もいます。
いずれも推測ですし、学者にもさまざまな意見があります。
しかし、ここに七人という完全数の弟子がいたことは意味があるかもしれません。

彼らがすべて実際に漁師であったことは、他の福音書にも出てきませんし、あり得ないことでしょう。
ヨハネ福音書では、ペトロが漁師であったことさえ出てきません。
でも、それは当時の教会の人の誰もが知っていることであり、前提とされていたと思います。
だとするならば、ペトロを弟子として召し出す時にイエス様がおっしゃった言葉、「人間をとる漁師にしよう」もまた前提とされていたと考えるべきだと思います。そのペトロの「わたしは漁に行く」という言葉に応えた「わたしたちも一緒に行こう」という他の弟子たちの言葉は、果たして、魚をとる漁のことを言っているのか?
ヨハネとヤコブ以外は漁師ではないのに、そんなことがあるのでしょうか?

その問題を考えるためには、通常は「ガリラヤ湖」と言われる湖が、ここでは敢えて「ティベリアス湖」と言われるのか、その理由を考えていかねばならないと思います。

「ティベリアス」とは、イエス様が誕生した時のローマ皇帝アウグストスの後継者です。
ヘロデ大王の息子、ヘロデ・アグリッパがガリラヤ湖北西岸にローマ式の町を建設した際、ティベリウスへの忠誠を示す意味でティベリアスと名付けたのです。ユダヤ人の民衆にしてみれば、その名前で呼ばれる町がガリラヤ地方の首都であること自体が屈辱的なことでした。
しかし、ヨハネは敢えて「ガリラヤ湖」あるいは「ゲネサレの海」と呼ばれていた湖を「ティベリアス湖」と呼んでいます。
この名称は新約聖書では、ヨハネ福音書の21章と6章にだけ出てくるのです。

先週、「命」という言葉が六章に集中的に出て来ることを言いました。
それは、聖餐のパンに関する論争においてでした。今日の個所にも最後にパンが出てきます。
そして、六章は、ティベリアス湖の岸辺で、五つのパンと二匹の魚を五千人の群衆に分けて満ち足らせるという大きな「しるし」をイエス様が行われた個所です。魚とパンは、21章でも大事です。
そして、ヨハネ福音書における最後の晩餐は、後の聖餐式の原型となる食事ではなく、弟子の足を洗う食事でした。
この福音書で、聖餐の元になる記事は、六章の五千人の給食とその後に続くパンを巡る論争でした。
そして、今日の個所の食事もまた、杯はありませんが、ヨハネ福音書における聖餐の食卓なのです。
そういう意味で、20章の後半から21章にかけての部分は6章と密接な関係にあり、後の教会の礼拝にとっても極めて重要な個所ということになります

6章においては、イエス様はティベリアス湖畔で「五つのパンと二匹の魚」を男だけでも五千人の群衆に配って満ち足らせるしるしを行われました。
その後船でカファルナウムに向かおうとした弟子たちを強い風が襲います。
湖が荒れ始め、弟子たちの舟はいくら漕いでも向こう岸にいけなかったのです。
その時、「イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て彼らは恐れた」。

その時イエス様が真っ暗の中で、荒れ狂う湖の上を歩いて来られ、一言、こうおっしゃった。

「わたしだ。恐れることはない。」

原文では「エゴ・エイミ」です。
これは、神様が御自身の名をモーセに告げた時の言葉です。
神様の臨在を表す言葉なのです。
そして、旧約聖書においては、神様が真の王です。地上の王は、その神の御心に従って生きる時にのみ、王としての権能を与えられるのです。
「わたしが王だ。あなたがたと共に生きる者だ。何も心配しないでよい。」そう語りかけて下さる。
主イエスは、「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ」「子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない」とおっしゃることが出来る唯一のお方です。だからこそ、主イエスはここでエゴ・エイミとおっしゃっているのです。

それは、ティベリアス湖の上でのことです。
ローマ帝国の皇帝ティベリアスが支配している世界の只中で悪戦苦闘している弟子たちに対して、「わたしが王だ。人々が望む王ではないが、すべての人々を支配し、守り、生かすのはわたしだ。そのわたしがあなたがたと共にいる。何も心配するな。」そう語りかけて下さる。
ヨハネは、そういうイエス様をここで証言しているのだと思います。

ローマ時代のある詩人は、「群衆はパンと娯楽を与えられれば盲目的に王を支持する」と言ったそうです。
実際、この世の王はそれさえやっておけば地位は安泰なのです。

わたしは漁に行く

この六章を踏まえると、二一章の読み方も変わって来るのではないでしょうか。ペトロが「わたしは漁に行く」と言い、他の弟子たちも「わたしたちも一緒に行こう」と言って出ていったティベリアス湖は、迫害の厳しいローマ帝国のことであり、漁とは、人間をとる伝道の業の暗示なのではないでしょうか。
弟子たちは主イエスの派遣命令に背いて元々の生業に帰ったのではないし、漁師をしながら伝道に励んでいたのでもない。
そうではなくて、ペトロは一人でも漁に出掛ける覚悟を示し、他の弟子たちもそのペトロと一体となって決死の覚悟をもって伝道に出かけたのだと思います。
伝道は決してひとりで出来るものではありません。
教会のすべての者たちが同じ思いになって成して行かなければ何をしても空しいのです。
しかし、この時も「夜」でした。
夜の漁は一般的であったようですが、これも光と闇の対比を描くヨハネ福音書においては一つの象徴を担っていると思います。
夜の闇の中で、彼らの伝道は全く成果を挙げることが出来なかった。彼らは疲労困憊して朝を迎えたのです。

その時、「イエスが岸に立っておられた。」夜の間、彼らの伝道の業を見て下さっていたのでしょう。
夜明けの光の中で、弟子たちは、岸辺に立っている人を見ました。でも、彼らには「それがイエスだとは分からなかった。」

イエス様は問います。
「子たちよ、なにか食べる物があるか。」 「ありません。」
「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」
彼らは迷うことなく、疲れた体の力を振り絞って、網を打った。
すると、信じ難いほどの大漁になった。そのしるしを見た時、愛弟子だけが、岸辺に立っておられるのが「主」であることが分かったのです。
ペトロは、慌てて服を着て湖に飛び込みました。真っ先に主イエスの元に行きたかったのです。
ガリラヤ湖育ちの彼は泳ぎにも自信があったのでしょう。他の者たちは、魚で一杯の網を引きながら必死になって岸辺にまでやってきました。
すると、既に炭火が起こしてあり、「魚がのせてあり、パンもあった」のです。先ほど、主イエスが弟子たちに「何か食べる物があるか」と問われたのは、空腹の故ではないことがここからも分かりますし、弟子たちが単に漁をしていたわけではないこともここから分かるでしょう。

釣れた魚をペトロが数えてみると、「百五十三匹であった」というのです。
古来、この数について様々な解釈がなされてきましたが、わたしは当時知られていた魚の種類が百五十三種類であったのだと思います。
つまり、それは世界に存在する様々な人種や民族の象徴なのです。
当時の世界は、ローマ帝国そのものです。
すべての人種、民族がローマ皇帝の圧倒的な武力と権力の前にひれ伏す平和(ローマの平和)の中を生きていたのです。
しかし、その世界の中で、真の漁師であるイエス様の宣教命令に従って伝道がなされる時、世界中のあらゆる人種、民族の人々が、救いの網の中に入れられる。キリストを王とする神の国の中に入れられる。
キリストの十字架の前にひれ伏す平和の中に招き入れられる。神との和解、人との和解の中に迎え入れられる。そして、多種多様な人々が一つの網の中に入っても網は破れない。
その救いの現実、あるいは終末世界の完成を象徴しているのだと思います。

光の中で 肉体の目には見えないが主のみ言葉に従う時、全ての民が救いと祝福を受けることが出来るのです。

まもなくアドベント、光の到来を待ち望みましょう。

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