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zoom RSS あなたがたに平安があるように 2010/11/7 マタイ11:28-30

<<   作成日時 : 2010/11/07 20:45   >>

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「きっちょむさん」というお人好しの人物の昔話です。
彼はある日、山を越えた村に荷物を運びに行きました。
馬の背にうず高く荷物を積んでの帰り道、山越えの急な上り坂にさしかかりました。
馬ははぁはぁと疲れたようでした。
そこできっちょむさんは、「よし。わしが代わりにしょってあげよう。」と自分のしょいこに荷物を積み替えました。
そして彼は「さあ、これで楽になっただろう。」と言って、馬の背にまたがって山を登り始めたというのです。
馬にとっては、たまったものではありません。
うまくいったと思ったのもつかの間、荷物だけではなくきっちょむさんまで乗せて歩かなければならないというわけです。

私たちの人生は、ひとつの荷物が軽くなったと思う間もなく、次から次へとまた違う荷物を背負い込むことがあるのではないでしょうか。

今日は、マタイによる福音書11章28節から30節までを通して、重荷を持つ私たちに休みを与えて下さるというイエス様のお言葉を通して、共に神様の恵みに預かりたいと思います。

イエス様は、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。」と言われました。
そして、「休ませてあげよう。」と言われました。
新改訳聖書では、「わたしがあなたがたを休ませてあげます。」となっています。
口語訳聖書や新改訳聖書には、最初に「すべて」という言葉があり、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人」となっています。
この「すべて」という言葉には、二つの意味が含まれています。
一つは、このイエス様の招きは「すべての人に」向けられているということです。
現実の社会は、強い者、能力のある者、美しい者、財産のある者などが招かれて、弱い者、できない者は、切り捨てられていくものです。
しかし、イエス様の招きは「すべての人」を対象としているのです。
もう一つの意味は、「すべての人が、重荷を負っている、疲れている」ということを意味しています。
盛岡市内の小中学生にアンケートをした結果、「疲れた。ゆっくり眠りたいと思いますか。」という質問に、小学生が80パーセント、中学生が98パーセント「はい」と答えたそうです。
「ゆとりのありそうな地方でも、ストレスは多く、生きる力が弱くなっているからではないか。」と解説されていたようです。
確かに、人は一生懸命に生きようとすると、疲れるものです。
真剣に、真実であろうとする時傷つき、ストレスもたまるでしょう。
家族の事や周りの事を思うと、重荷を負うことがあるように思います。
残念な事に、多くの人々は、その重荷を下ろすところ、癒す場所を持っていないということだと思います。
うさばらしに飲み食いするのもひとつの方法かも知れません。
旅行に出かけて何もかも忘れるというものひとつの方法でしょう。
しかし、その結果、問題が解決するかというと、そんなことはありません。
問題や心配、重荷は相変わらず、どかっと居座っているのです。
それに気がつくと、ストレスはさらにたまるのです。

みなさんはいかがでしょうか。今、苦しいこと、悲しいこと、ストレス、重荷はありませんか?
その重荷をどこに下ろそうとしているのでしょうか。
聖書は、私たち、一人ひとりのために十字架を背負って歩まれたお方、このお方が私を、あなたを背負って歩んで下さるというのです。

このお方が、
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。」と今日、招いておられるのです。

炎天下、長い旅を続けた旅人が、かなたに木陰を見つけて疲れを回復したことから、「休む」という字ができたそうです。
神様が、私たち一人ひとりのために与えて下さった回復の木は、十字架のもとなのです。

このイエス様のお言葉は、何らかの形で重荷を負いながら苦労して生きている人々にとっては、素晴らしい、慰めの招きの言葉です。
では、現実に私たちに苦労だと思わせる重荷にはどのようなものがあるのでしょうか。

重荷を背負っている私たちにイエス様は語られるのです。
「だれでもわたしのもとに来なさい。」と言われるのです。
イエス様がそうおっしゃって下さるので、イエス様のところへ行きたいと思います。

イエス様のもとに来た者に対して、「休ませてあげよう。」と言われます。
この「休み」とは、英語のある訳では、「リフレッシュ(元気を回復する)させてあげよう」という積極的な意味を持っていることがわかります。
イエス様のもとに来るものは、元気を回復する、リフレッシュすることができるというのです。
なぜなら、イエス様のもとに来る者は、生きる意味を発見することができるからです。
また、私たちの重荷をイエス様が自ら背負って取り去って下さるからです。
また、イエス様は私たちの罪の重荷を取り除くために十字架にかかって死なれただけではなく、死からよみがえられて、今も生きておられ、イエス様のフレッシュな命が、いつも私たちをフレッシュにして下さるからです。

 ⒊本当の安らぎ
イエス様は、29節で「わたしのくびきを負い」と言われました。
30節では、「わたしのくびきは負いやすく」と言われました。
「負いやすい」とは、「よく体にあって快適」という意味があるようです。
くびきとは、牛や馬が荷車を引いたり、畑を耕したり、石臼を引いたりする時に首にかける道具です。
そこにすべての労力がかかるようになっていたようです。
ユダヤでは、牛のくびきを木で作りました。
牛を買うと寸法を測り、その寸法によってくびきの原型を作り、牛にはめてみてから丁寧に調整し、首がすりむけないようにぴったりと合わせて作られました。イエス様は大工でしたが、ある伝説ではイエス様は、ガリラヤ地方で一番のくびき作りの名人で、どんな牛にもぴったりとするくびきを作られたということです。
くびきは、牛や馬を自分の思い通りに動かす、働かせる道具です。
ファリサイ派の人々や律法学者が教える律法は、ユダヤ人を苦しめる、痛めるものでした。しかし、イエス様が与えて下さるくびきは、人を苦しめたり、痛めたりするものではなく、人を生かすものなのです。一人ひとりを生かすために、最高の、ぴったりサイズの合った、その人を最高に生かすものなのです。
イエス様は、「わたしに学びなさい。」と言われました。何を学ぶのでしょうか。まだ一度もくびきをつけて労役をしたことのない若い牛や馬は、先輩の、仕事になれた牛や馬と対になって、ペアで並んでくびきをつけて、先輩の、慣れている牛や馬を実際に見習って、どのようにするのかということを覚えていくのだそうです。私たちはイエス様の十字架の愛に倣いたいと思います。

私たちに対になって下さるのは、ペアになって下さるのはイエス様です。
イエス様は私たちを最大限に引き出して下さるのです。
ここで使われている「安らぎを得られる」の「安らぎ」と「休ませてあげよう」の「休ませる」は、元来竪琴の弦をゆるめることから来ているようです。
イエス様と共に歩む人生は、私が生かされる人生なのです。
イエス様が共にいるから、荷は重いけれども、軽く感じるのです。
苦しいけれども、支えられる人生なのです。安らぎと休みが与えられる人生なのです。
なぜなら、私たちの罪を赦すために、罪のないイエス・キリスト様が私に代わって十字架にかかり、身代わりに罰を受け、死んで下さったからです。
私を生かすために、死なれたのです。私たちが神様の愛と恵に生きるために、私たちの持つ罪の重荷を十字架で処理し、解決して下さったのです。
この愛なるお方が、今私たちの持ついろいろな重荷を自ら背負って下さるのですから、このお方にあなたの人生をすべて任せませんか?

 今、あなたが生きておられるのはどうしてでしょうか。つぶされずに立っていられるのはどうしてでしょうか。あなたのがんばりですか。あなたの力ですか。あなたの努力ですか。
いいえ!私たちの何かでは決してないのです。イエス・キリスト様の十字架のゆえに、罪ある私を負っていて下さるからです。見捨てられても仕方のない私を見捨てずに、愛の故に、恵の故に、私たち一人ひとりを背負い、支えていて下さるのです。だから、傷つくことがあっても、倒れることがあってもいいのです。疲れてもいいのです。そのままでイエス様に心を開けばいいのです。「イエス様、私の罪の為に十字架にかかって下さったことを感謝します。」と!
 イエス様は言われました。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」 
本当の安らぎは、私たちの為に命を投げ出して下さったイエス・キリスト様のところ以外には存在しないのです。
 さあ、疲れている者、重荷を負っている者、それは私たち一人ひとりです。今日、今、イエス・キリスト様のところに行こうではありませんか。そこに安らぎと休みが備えられているのですから。


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