日本ナザレン教団 成田キリスト教会

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<<   作成日時 : 2010/08/29 12:00   >>

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ヨハネ福音書は、四つの福音書の中で独特なものです。
他の三つの福音書で書かれていないことが沢山書かれ、その逆のこともたくさんあります。
先日の学び会、祈り会でもそんな話になりましたが、福音書とはそれぞれ同じ事を書いているのですが、書き手の立場や背景が違います。
伝えたいと思って想定して書かれた相手がありますから、それぞれに特徴があり違いがあります。
正しいとか正しくないということではなく、当然知っていることだからわざわざ書かない事だとか、知らないだろうから説明っぽく書くなどという箇所があるわけです。
そして何よりも書き手が何を伝えたいのか、ということに集約されると思います。

しかし、主イエスが逮捕され、ユダヤ人とローマ人の裁判にかけられ、十字架で処刑され、復活されて弟子に現れ、弟子たちをこの世に派遣する。
その出来事だけは、四つの福音書すべてが書き遺しています。

けれども、他の三つの福音書では、ユダが引き連れて来た人々は、祭司長や民の長老、また群衆です。
つまり、すべてユダヤ人なのです。
そして、まずユダヤ人社会の中での裁判、大祭司カイアファが議長を務める最高法院による裁判がなされ、ユダヤ教の信仰に照らして、主イエスの罪を確定し、死刑を確定するのです。
つまり、ユダヤ人の信仰の中心であり、権力の中枢でもある「神殿を破壊し、三日で建てると本当に言ったのか」とか、「神の子であると自称したのか」と問い詰め、偽証人を立てて、神への冒涜者という罪を確定する。
その上で、ローマの総督ピラトの所へ連れていき、ローマの法によって処刑させようとするのです。

しかし、ヨハネ福音書では、ユダに連れられて来たのは、「一隊の兵士たち」であり、祭司長やファリサイ派から遣わされた下役たちです。
この兵士たち、今日の個所では千人隊長までいますけれど、これはローマ帝国の兵隊です。
ユダヤ人を支配するために常駐しているローマの兵士なのです。
千人隊長だから千人の兵士を引き連れて来たと考える必要はないでしょうが、それなりの大物です。
そういうローマ側の人間とユダヤ側の人間が同時にやって来て主イエスを逮捕した。
そこにヨハネの特色があります。

主イエスが捕らえられたとき、ヨハネとペトロ以外の弟子たちは、自分たちも捕らえられ、厳罰に処せられると思い、逃げ去りました。
でも、ペトロとヨハネの2人は、キリストがどうなるかを見届けるため、ついてきて、元大祭司アンナスの館に入り、中庭から主イエスが裁判される様子を見ていました。
12節から18節がそうです。
15節を見ますと、まず、ヨハネが中庭に入ったことが言われています。
「もう一人の弟子」また、「この弟子」と言われていますが、この表現で、このヨハネによる福音書を書いた弟子のヨハネを表すと考えられます。
そして、ヨハネは、どういうつながりがあったのかまでは不明ですが、元大祭司アンナスと知り合いの間柄であったので、中庭に入ることができたと考えられています。
では、弟子たちの中で1番の兄貴格のペトロはどうしたでしょう。
ペトロは、主イエスがその後どうなるのか、一部始終を見届けようと、逮捕された主イエスの後をついてきました。
しかし、元大祭司アンナスとは面識がないので、門の外でたたずんでいました。
すると、先に中庭に入っていた弟子のヨハネが、気を利かして、門の外に出てきて、門の外で門番をしていた女性に、この人はわたしの友人だから中に入れてほしいと口をきいてくれました。
16節に「門番の女」とあります。
また、17節には「門番の女中」とあります。
日本では、門番を女性がするということはあまりないのですが、イスラエルにおいては、しばしば門番は女性の仕事でした。
門を開けたり、閉めたり、人が来たとき、門のところで取り次いだり、チェックしたりするのは、しばしば女の人の仕事でした。
このときもそうでした。
このときはもう夜、夜中でしたが、このときは、元大祭司が、先ほど捕らえたイエスの裁判を行うということで、部外者は決して入れないという厳しいチェックがなされていたと思われます。
すると、先に中に入っていた弟子のヨハネが、ペトロのところに来て、門番の女性に話して、中に入れてもらえるようにしてやるからということになりました。
ペトロが中に入ってから、ペトロの第1回目の否定がなされたのです。
17節を見ますと、「門番の女中はペトロに言った。
『あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。』ペトロは、『違う』と言った。」
これがペトロの第1回目の否定です。
「あの人の弟子」と門番の女性は言いました。
「あの人」という言い方は、軽蔑した言い方です。
日本流に言えば、あいつぐらいの意味になります。
ですから、その門番の女性は、ペトロに対して、あんたも、あいつの弟子のひとりじゃないのと言って、主イエスを軽べつしていたことがわかります。
わたしたちはここでよく考えてみなければなりません。
ペトロはどうして、自分は主イエスの弟子ではないと否定してしまったのでしょう。
その理由は、もちろん、自分が主イエスの弟子であることがわかれば、自分は、そこにいる人々からひどい目に遭わされると思い込んで、恐れたからです。
自分は主イエスの弟子である、しかも、18章10節に記されていますように、ゲツセマネの園で、イエスを捕まえに来た大祭司の手下のマルコスという人に短剣を持って襲いかかり、マルコスの右の耳を切り落としてしまいました。
確かに、すぐに、主イエスが、切り落とした右の耳を再びマルコスにつけていやしてくださったが、自分がそういうことをしたことは事実です。
だから、自分が主イエスの弟子であることがわかれば、何をされるかわからないと思い込み、恐れ、門番の女性から、あんたもあいつの弟子のひとりじゃないのと尋ねられたとき、思わず、「違う」と言って、否定してしまいました。

こうして、ペトロは、自分が主イエスの弟子であることを否定しました。
この姿勢は、数時間前の威勢のいいペトロとは全然違うものです。
13章37節に記されていましたように、ペトロは、「あなたのためなら命を捨てます。」と主イエスに威勢よく表明しました。
そして、その後、主イエスを捕まえに、数百人のローマ軍兵士たちと神殿警護のユダヤ人たちがやって来たときには、主イエスを守ろうとして、短剣を抜いて切りかかり、大祭司の手下のマルコスの右の耳を切り落としたほど、威勢がよかったのです。
ところが、それにもかかわらず、今度は、その同じペトロが、場面が変わると、恐れました。弟子であることがわかれば、人々からひどい目に遭わされると思い込み、恐れました。
これは、ペトロの弱さでした。

以前お話いたしました二面性が、ここにもでているのです。
ペトロは裁判にかけられて、糾弾されたわけではありません。
また、主イエスの弟子であれば、ひどい目に合わせるぞと脅迫されたわけでもありません。このとき、ペトロが弟子であることがわかっても、危害を加えようと考えていた人はだれもいなかったのです。
その証拠に、もう一人の弟子のヨハネは、主イエスの弟子であることが大祭司に知られていましたけれども、大祭司は、ヨハネが館の中に入ることを許していたほどです。
ペトロは、確かに、少し前に、ゲツセマネの園で大祭司の手下のマルコスの右の耳を短剣で切り落としました。
そのままであれば、ペトロは、殺人未遂の犯人として捕らえられ、厳罰に処せられます。でも、主イエスがすぐその場で、奇跡によって、元通りに、マルコスの耳をいやしてくださいましたので、ペトロはお構いなしでした。
ユダヤ人たちは、主イエスを捕らえればそれでよかったのです。
そのため、ペトロとヨハネが、捕らえられた主イエスの後をついて、大祭司の館までやって来ても、ペトロとヨハネは、捕らえられず、だれからもひどい目にあわされることはありませんでした。
ここから何がわかるでしょう。
ペトロの弱さがわかるのです。
ペトロの威勢のよさは、実は、人間的なうぬぼれ、高ぶり、自己過信であり、次の瞬間には、すぐ崩れるもろいもので、信仰から出る真の霊的強さではありませんでした。
自己過信と信仰から出る真の霊的強さとは、違うのです。今日も同じです。
わたしたちは、すぐに崩れる人間的な自己過信ではなく、信仰から出る真の霊的強さを、身につけるものになりたいと思います。

キリストは裁判にかけられても崩れることがありませんでした
ペトロは、主イエスとの関係を否定しました。
でも、主イエスがこれからどうなるのかを知りたいと思い、さらに、大祭司の館にとどまり続けました。
その時期はまだ寒いときでしたし、まして、気温が下がる夜中でしたので、館の中庭では、炭火が起こされ、大祭司の館で働く僕たちや、主イエスを捕らえに出ていった下役たちが火にあたって警護をしていました。
ペトロも何食わぬ顔で一緒に火にあたっていました。
そのとき、館の中で裁判されていた主イエスは、ペトロとは対照的に、何ら恐れず、実に堂々と真理を表明し、崩れることが、まったくありませんでした。すばらしい姿です。
19節を見ますと、当時のイスラエルを牛耳っていた権力者のアンナスが、主イエスに何を尋問したかが記されています。
すなわち、アンナスが第1に知りたかったのは、弟子たちがどのぐらいいて、主イエスの社会的影響力がどのぐらいあったかでした。
第2は、主イエスの教えが、律法学者やファリサイ派の伝統的教えとどのように違うかでした。
「弟子のことや教えについて尋ねた。」とありますが、「弟子のことについて尋ねた。」というのは、主イエスに追随する弟子が具体的にどのぐらいいて、イスラエルの社会にどのぐらいの影響力を持っているかを知ろうとしたことを意味しています。
いかにも支配者の尋ねることです。
「教えについて尋ねた。」というのは、主イエスの教えが、イスラエル社会の宗教の指導者である律法学者やファリサイ派の伝統的教えから外れたものであるとの証拠を得ようとして、主イエスに無理やり自己証言させようとしたことを意味しています。
イスラエルにおいては、自己証言は無効でした。
証言は、本人以外の2人または3人の別の人の証言が必要でした。
ところがこの裁判は、主イエス本人にしゃべらせて、その発言の中から、証拠を手に入れようとした裁判でした。
そこで、主イエスも、違法性を抗議しました。
20節、21節がそうです。
わかりやすく言えば次のようになります。
わたしが何を教えたかについて裁判で自己証言をさせるのは違法である。
わたしが何を人々に教えたかについての証言は、わたしの教えを聞いたイスラエルの人々から聞くべきである。
わたしは人々に隠れて教えてきたわけではないので、みんなが知っているという意味です。
ここを見ますと、主イエスは、御自分の教えは、人々の知らないところで隠れてなされたものでなく、最初から人々の目の前で、公に、オープンになされてきたことを強調しています。「世に向かって公然と話した。」「ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。」「ひそかに話したことは何もない。」「その人々がわたしの話したことを知っている。」という言い方がすべてそうです。
こうして、主イエスは、大祭司アンナスが、主イエスにしゃべらせて、その中から、主イエスを訴える証拠を得ようとした悪巧みを見破り、神の律法に従った正しい裁判をするように、アンナスに警告したのです。
わかりやすく言えば、被告席にいる者が、裁判を司る者に、正しい裁判の仕方を、堂々と教え、警告し、注意しているのです。

ところが、そばにいた役人のひとりが、主イエスが大祭司に注意したのを見て、被告のくせに何を生意気なと言って、主イエスの顔を平手でパシっとたたきました。
神の御子にして救い主イエスの顔をたたいたこの役人は一体どうなるのでしょう。
厳かですね。
そこで、主イエスは、強く抗議しました。
すなわち、主イエスは、不法な暴力には屈服しなかったのです。
その違法性を堂々と抗議しました。
かつて、主イエスは、山上の垂訓で、「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」と教え、個人的な復讐、私的な報復、プライベートな仕返しを禁止しましたが、このアンナスの裁判においては、社会を成立させる裁判の正当性を守るため、抗議しました。対照的ですね。主イエスは、イスラエル社会のアンナスの絶大な権力を全然恐れず、真理を堂々と表明しました。
お見事、まさに、偉大な神の御子にして救い主メシアです。
揺らいだり、崩れたりすることは全くありません。


館の建物の中では、裁判という、しかも、イスラエルの絶大な権力者のアンナスによる裁判ということで、通常の人であれば、恐れて、内面からガタガタ崩れてしまう土壇場にあっても、主イエスは、恐れず、立派に、見事に、堂々と振る舞い、真理を主張し、決して崩れることがありませんでした。
アンナスの裁判が終わりました。
同じ敷地の中にあったのかもしれませんが、今度は、当時の現職の大祭司のカイアファの裁判が始まりますので、主イエスはひもで両手を縛られた不自由な姿のまま、今度は、カイアファの裁判の席に送られました。
ペトロは、引き続き、人々とともに火にあたって話をしていました。すると、ペトロのガリラヤなまりから、ある人々が、ペトロに対して、25節に記されていますように、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか。」と言いました。
「あの男」というのは、もちろん、主イエスのことです。
主イエスを軽蔑した言い方です。
ペトロは、弟子であることがわかれば、この場にいる人々からひどい目にあわせるに違いないと勝手に思い込んでおりました。
そのことを恐れて、自分が弟子であることを、また、打ち消してしまいました。
2回目の否定です。
さらに、今度は、少し前のゲツセマネの園で、ペトロが襲いかかって短剣で右の耳を切り落とした大祭司の手下のマルコスとともにその場にいた、マルコスの身内の者が、ペトロに向かって、「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」と言いました。
わかりやすく言えば、わたしも、ゲツセマネの園に、イエスを捕らえに出て行った。
そのとき、わたしの親族のマルコスの耳を切り落としたあんたをわたしは見ましたよ。
あんた、あのときイエスと一緒にいましたよ。あんたはイエスの弟子ですよという意味です。
すると、ペトロは、また、わたしじゃないです。
わたしは、イエスと一緒にはいませんでした。
わたしは、イエスの弟子ではありませんと打ち消しました。
これは、3回目の否定です。3回は完全という意味です。
ですから、ペトロは、イスカリオテのユダとは違った仕方で、主イエスを完全に裏切ったことになります。
これはペトロの大失敗でした。
そのとき、明け方になりつつある時であり、鶏が鳴きました。27節を見ますと、「するとすぐ、鶏が鳴いた。」と記されています。
この意味は、13章38節で、主イエスが以前にペトロに警告したとおりのことが生じましたという意味です。
13章38節で、主イエスは、ペトロに対して、「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」と警告しています。
ペトロが人間的な自己過信に陥らないように警告し、神に祈って信仰から出る真の霊的強さを求めるように教えました。
しかし、ペトロは主イエスの警告を無視し、自分の肉の力を頼みとしました。
その結果が、今生じ、ペトロは、3回、すなわち、完全に否定して、主イエスを裏切ってしまいました。

わたしたちは、ペトロはこの後どうなるのかと思うのです。ヨハネによる福音書は、ペトロのこの後のことは、もうすでに存在していたマタイ・マルコ・ルカによる福音書で、読者が知っていることを前提にしていますので、これ以上のことは記しませんでした。
この後、ペトロは、自らの弱さを泣いて反省し、そして、恵みにより赦され、また、信仰に立ち上がるのです。そして、初代教会の指導者として、十分用いられます。
主イエスの赦しの恵みは、とても大きいのです。

今の時代のわたしたちも、キリスト教とは異質な異教社会の日本で生きていて、弱さのため、大事な場面で信仰の表明ができないということがあるかもしれません。
しっかりとした赦しの体験があり、救いも信じている、でも信仰者としてどうなのだろうかと思うこともあります
でも、そのようなときに、自分はもうダメだと思って、投げ出す必要はありません。
ダメではありません。大丈夫です。
弱さを反省し悔い改め、信仰による真の霊的強さを求めて、赦しと恵みの内にまた立ち上がればよいのです。
主イエスが、ペトロの信仰がなくならないように祈ってくださっていたように、今日のわたしたちの大切な信仰がなくならないように、主イエスは、今も、天で、いつもちゃんととりなしのお祈りをしてくださっているのですから、大丈夫なのです。
大切なことは、わたしたちが、主イエスを心から信頼し、キリスト教信仰をもって、永遠の生命の道を喜んで歩んでいくことです。
主イエスは、イスラエルで絶大な権力のあった元大祭司のアンナスによる裁判においてさえも、堂々と真理を表明して、崩れることがまったくありませんでした。
主イエスこそ、信頼できる神の御子であり救い主です。
このお方を信頼し、価値のある真の人生を喜んで歩めばよいのです。

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