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タイトル 日 時
闇の力に打ち勝つ主 2009/11/29 ヨハネ10:31-42 
ヨハネ福音書は、わかりやすいようであり、わかりにくいところが多い福音書です。 説教を準備しているといろいろと気付かされて、喜びに満たされることがあります。 学べば学ぶほど、ヨハネ福音書の深さ、凄さを味わうことができます。 しかし、その喜びを一方的に説教に取り込んでしまうのもよくない場合があります。 ...続きを見る

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2009/11/29 11:56
キリストの声を聞き分ける 2009/11/22  ヨハネ10:22-30
イエス様と出会って、その話を聞いていくと必ず分裂と対立が起こります。 それはイエス様と話を聞いている人々との間にも起こりますし、またイエス様の話を聞いている人々の間にも起こるのです。 先日も公人が、大胆な、というかあまりにも無知な発言をして物議をかもしておりました。 たしかに、質問をする側にも問題があるとは思いますが、この聖書の場面も同じようだなぁと思いました。 本日の箇所でイエス様を取り囲んだユダヤ人たちは、最初から、イエス様の言葉尻を捕らえて、殺したいと願っていました。 だから... ...続きを見る

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2009/11/22 13:50
イエスとは誰か1 ヨハネ9:13-17 2009/10/18
さて、前回からの続きです。 生まれつき目の見えなかった人が、イエスさまとの出会いによって目が見えるようになった軌跡の物語です。 目が見えず、物乞いをしていた男に、イエスさまが唾で泥を作って男の目に塗りました。 そしてイエスさまは「シロアムの池に行って洗いなさい」とお命じになり、そのようにすると目が見えるようになった。 そういう喜ばしい出来事がありました。 ...続きを見る

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2009/11/15 17:27
イエスとは誰か2 ヨハネ9:18-34 2009/10/25
ユダヤ人の殺意の中に神殿を後にしたイエス様は、道端で物乞いをしていた生まれながらに目が見えない盲人を癒されました。 それは、表面的な出来事だけを見れば、見えない目を開くという奇跡物語です。聖書的に見ればそれは全く新しい人間を造り出すという神の御業なのです。 しかし、そのことによってこの盲人は、イエス様同様に罪人としてユダヤ人社会から追放されてしまいます。 これまで生きていた世界では生きることが出来なくなるのです。 しかし、その時に、イエス様が彼に再び出会い、彼は様々な意味で見えるようにな... ...続きを見る

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2009/11/15 17:25
いのちへの門 ヨハネ10:7-21 2009/11/15
先週は教会にマイケル(という名前のヤギ)が来てくれました。 彼はクローバーやアレカ椰子が好きなようで、教会の周りの草花をおいしそうに食べていました。 私は比較的田舎で生まれ育ちましたが、観光牧場にでもいかなければヤギや羊などと触れ合うことはありませんでした。 ...続きを見る

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2009/11/15 11:51
主の声を聞く  2009/11/8 ヨハネ10:1-6
今日から始まる10章、これは9章の盲人の癒しの出来事と共に非常に有名な箇所で、お好きな方の多い箇所だと思います。 特に、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」という言葉は、多くの人にとって心の支えとなっている言葉ではないかと思います。 しかし残念ながら、本日はこの箇所までは行きません。 来週以降のお楽しみです。 ...続きを見る

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2009/11/08 11:56
盲人は何を得たか 2009/11/1 ヨハネ9:35-41
このヨハネ九章は八章から一連の流れだと以前お話いたしました。 9月の最初に8章を学び始めて、11月に入って9章を終えます。 いわゆる安息日論争といわれる箇所ですが、長かったようであり、興味深く意義深い箇所だったなぁと思い起こされます。 ...続きを見る

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2009/11/01 12:08

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日本ナザレン教団 成田キリスト教会 2009年11月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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