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タイトル 日 時
神の愛を受け取ること 2009/3/29 ヨハネ12:36b-50
2008年度最後の日曜日となりました。 思い起こせば私が成田教会に遣わされて丸1年となりました。 1年間お世話になりました。改めましてよろしくお願いいたします。 ...続きを見る

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2009/03/29 13:24
私たちが見上げるもの  2009/3/22 民数記21:4-9
今週もやれレントだ、十字架だ、という話をしなければなりません。 イエス様の十字架を覚えて過ごして行きたいと思います。 それならなぜまた、民数記からメッセージをするのかと問う人がいるかもしれません。 本日は、旧約からイエス様の十字架についてメッセージして、来週は新約からメッセージしたいと思います。 この記事は、出エジプトから40年経ち、カナンの地に入るその年の事です。 また、大祭司アロンが死んですぐの時ですから、イスラエルにとっても大きな変化があり、動揺もあったでしょう。 カナン人に対... ...続きを見る

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2009/03/22 13:01
王に聞き従う 2009/3/15(夕礼拝) 出エジプト20:1−17
先ほど朗読しました福音は、主イエスが神殿で大暴れする場面です。 弟子たちが聖書の言葉を思い出したように、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」その熱意が主イエスを動かしてあのように振る舞われたのです。 ...続きを見る

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2009/03/15 20:47
王に聞き従う 2009/3/15 ヨハネ2:13-25
本日は久しぶりにヨハネの福音書から学んでまいります。 ヨハネがこの位置においたのはどうだ、などとの引き合いに出してまいりましたが、あえて飛ばしておりました宮清めの記事です。 なぜ飛ばしていおいたかと申しますと、この箇所は受難前に読まれるのが相応しいと思うからであります。 この出来事を逮捕と裁判の直前に置いた共観福音書の方が、歴史的事実としては正確だろうと言えます。 このような過激な行動をされてからも数年にわたって、しかもしばしば神殿の境内でイエスが宣教活動を続けられたとは考えにくいことで... ...続きを見る

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2009/03/15 12:20
仕える者になりなさい 2009/3/8 マルコ10;32
さて、主イエス一行はエルサレムに向けて歩いている時のことでした。 一行は今までも旅をしてきましたが、一層十字架に向けてまっすぐに歩み始めていました。 主イエスは来るべき十字架に気持ちを向けつつ慎重な面持ちであったと思われます。 そのような姿に触れて、弟子たちも、時の訪れを感じていました。 いよいよだ。そう感じていたに違いありません。 しかし、このいよいよは、やっと自分たちの国が独立できる、とか、漠然と神の国が来る、とかいう意味でありました。 主イエスはこの時まで3度、自らが十字架... ...続きを見る

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2009/03/08 00:27
神と出会い守られる  2009/03/01  マルコ1:12-13
本日のテキストでありますマルコ1章の12-13節はあまり説教で取り上げられない箇所だと思います。 「荒れ野の誘惑」を取り上げて説教をするのであれば、マルコではなく別の福音書を用いると思うからです。 マタイやルカの福音書は十数節のボリュームがあります。 一方、マルコはたった2節でこの40日間を表し、どんな会話があり誘惑を受けたかも、どのように悪魔を退けたかも語っていません。 実は、説教をするなら材料が多いほうがしやすいからです。 どうしてマタイやルカ福音書では内容をふくらませ充実させ... ...続きを見る

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2009/03/01 15:34

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日本ナザレン教団 成田キリスト教会 2009年3月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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