日本ナザレン教団 成田キリスト教会

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zoom RSS 主にあってよろこぶ ピリピ4:4〜9 2009/2/15千葉地区壮年会例会での奨励

<<   作成日時 : 2009/02/15 17:25   >>

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先月は学園教会での研修会がありました。


関東地区、特に千葉地区の皆さんのお祈りに支えられて、成田教会で千葉地区の壮年会の集まりがこの成田教会でもてましたことを感謝します。
改めて千葉地区を見回してみますと、大ベテランの牧する教会と経験の浅い若い牧師の牧する教会があると思いました。
人事異動ばかりではありませんが、地区に動きがあるということはいいことだと思います。
まもなく学園教会がリニューアルするということは、千葉地区にとっても重要な祈りの課題です。
御言葉を取り次ぐべき説教者、集うべき会堂、がないということは
一昨年、皆さんの祈りに支えられて成田教会が守られたように、同じナザレン民として祈りあい、差さえあっていくことが重要だと思います。

パウロはここで、まず、喜べ、と教えています。
みなさんは喜んでいるでしょうか?
午前中、喜びの礼拝を守り、恵まれたのに、午後からは成田の田舎まで呼び出されて…。
そんな方もいらっしゃるかもしれません。
では喜ぶとはどういうことでしょう。

少し前になりますが、テレビで長寿の村の紹介をしていました。
80歳を越える方々が麦藁帽子や農協の帽子をかぶって畑で仕事をしていました。
その顔には笑みがありました。
よく働き、よく食べ、よく笑う。
そんな簡単なことが長寿の秘訣だと言っていました。
なるほどなぁ。と思いました。

あるお百姓さんが、隣の町の人に「どうも今年はトウモロコシの出来が悪くて困ったものだ」といって不平を言いました。
すると隣の町の人が「麦の出来はどうでした」とたずねました。
するとそのお百姓さんは「イヤ、麦は例年になく上出来だった」と答えました。
町の人はさらに続けて「ジャガイモの出来は?」とたずねました。
するとその人は「悪くなかった」という返事が返ってきました。
その時この隣人はそのお百姓さんに次のように提案しました。
「トウモロコシが出来なかったといって嘆く前に、まず成功した小麦やジャガイモの収穫のことを考えて感謝したらどうですか。失敗したことを考えるのは一番最後の最後でいいのではないでしょうか。」と。

わたしたちは、神についてしばしば考え違いをします。
神を、捧げ物を入れて願い事を取り出す自動販売機だと考えています。
神社の賽銭箱にお金を投げて願い事をする、というのはまさにその現われです。
しつこく願い続ければかなえてくれるランプの精だと思っています。
だから、願い通りにならないと神に失望します。
そして、信仰を持っても無駄だと考えます。
あるいは、特に願いのない人や、自分の力でできると思っている人は、
わたしには神などいらないと言い出すのです。
しかし神はそんな安っぽい神をではありません。

神とは、子に必ず良い物を与えてくださる慈しみ深いお方です。

それがイエス様の教えようとしたことでした。
しかし、世は悪と苦しみに満ちています。
現在の日本の状況は、世界の状況は極めて悪い。
本当に神は恵みに満ちた、慈しみ深い方なのだろうか?と疑いたくなります。
世の中の現実やわたしたちの体験は、それを疑わせ否定しようとします。
人々は簡単に、虚無的になり、皮肉屋になりました。

なぜでしょう。
6節でわざわざ禁止されるように、私たちが思い煩ってしまうからです。
私たちが悩みに陥りやすく、不安になりやすいからです。
パウロは、心配になり、悲観的になっていくフィリピの教会の人たちに、常に喜んでいるように、と励ますのです。
かつて自分が牧し、主の教えを説いたフィリピの人たちに、福音を信じてさえいれば大丈夫だ。と伝えるのです。囚われの身となりながらも、

私たちは現実だけに目と心を奪われてはなりません。
現実だけに心を占領されるとき、わたしたちは神を見失います。
神を見失うとき、わたしたちは現実を越える夢を失います。
夢を失うとき、わたしたちの目的地は神の国ではなく、この世になります。
だから、わたしたちは神が恵み深い方だという確信から出発しましょう。
それは、どんな現実にも揺るがせられない、わたしたちの原点です。
神がいるかいないか、神とはどう定義できるか、これらは重要ではない。
神は恵み深い方だという事実から、わたしたちが生き方を選ぶこと、
それがもっとも大切なことです。

しかし、わたしたちにとって重要なのは議論でも知識でも考察でもない。
わたしたちの心(ハート)が神を知っているかどうかです。
私たち人間はほかの動物と比べれば高度な知識を持っています。
しかし、この人間の知識、英知をもってしても神様を理解することはできません。
神の恵みも、栄光も見ることができません。奇跡でさえ見失ってしまいます。
私たちの心が神に向かっていなければ、なにも見ることができないのです。
そして、同じ神を見上げるもの同志、聖霊の働きによって祈り合い支えあうことができるのです。

パウロは、この箇所で畳み掛けるように私たちに勧めます。
常に喜びなさい、思い煩うのをやめなさい、感謝をこめて祈りをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい、心に留めなさい、そして、それらを実行しなさい。と命じます。
たった一つでも本気で実行するのは難しいと思えます。
しかし、神はそれを望んでおられるのです。
私たちとともにいて守り導いてくれるのです。
全能の神様がともにおられるのですから大丈夫です。
ですから思い煩わず、安心してゆだねていきましょう。
信仰が試されるときこそ、私たちは喜びと感謝をもって祈る必要があります。
神様が最もよい方向へと導いてくださることを確信し、それぞれの教会、それぞれの遣わされるところでの信仰生活を歩んでまいりましょう。



愛と哀れみに満ちておられる神様
感謝いたします。私たちはともすれば、口を開いては呻きの声を上げ、悲嘆の叫びを上げ、不安になり人を呪ってしまう弱いものです。神よ。どうかそのような声を賛美の声、感謝の歌と変えてください。どんな時にも喜んでいるのには、技術がいります。簡単にはできません。しかし、天の神様を思うとき、私たちは本当に慶ぶことができます。聖書の教えるとおり、喜びと感謝を持って神の御国を見上げ、友のために祈り、互いに隣人として支えあう、基督に倣う者としての信仰生活を得させてください。これから学園教会が記念会堂の建築へ向けての歩みを始めようとしています。さまざまな困難や不安、試練の時を迎えようとしています。関東地区・千葉地区をあげて祈り励ますことができますように。壮年会の時をありがとうございます。それぞれの教会の腕としての壮年の働きを祝してください。家族を祝してください。貴重なお休みのところかくも多くの兄弟をこの場に送ってくださり、楽しい学びと交わりの時をともにもてますことに感謝します。普段のそれぞれのお仕事の上に、教会での奉仕の上に、ご家庭に主の祝福がありますように。

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