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zoom RSS 和解と一致のしるし 2008/10/07 夕礼拝 ローマ12:9-18

<<   作成日時 : 2008/10/05 19:14   >>

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ローマ12:9-18

パウロはローマ帝国の各地で開拓伝道をしながら、いつかは首都ローマに行って伝道したいという希望を持っていました。
その準備として、彼はローマにいる信徒たちに手紙を書きました。
手紙の前半で、彼は自分がキリストに出会って罪を知った事、悔い改めた事、新しい生き方を示された事等を述べています。
「神は私を救うためにキリストを十字架につけるという犠牲を払って下さった。この神の側からの救いの申し出に対して、私たちはどう応答したらよいのだろうか」
ということを述べたのが、12章以下の言葉です。

12章9節以下で、パウロは私たちにどのように生きるべきかを述べます。
中心になるキーワードは愛です。
「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい」
この「愛」には冠詞がついています。
「ヘ・アガペー=The Love」、その愛、神によって示された愛です。
私たちが「人を愛する」と言う時、そこには好き嫌いという感情が入ります。好きな人を私たちは愛し、嫌いな人は愛しません。
この愛はエロスと呼ばれます。
聖書はエロスの愛を否定しません。
人間として当然な感情だからです。
しかし、エロスの愛だけでは人間としての交わりは不可能です。
なぜなら、そこには敵と味方が生じ、敵がいる以上、そこに争いが生まれてしまうからです。

嫌いな人をも受け入れる愛、それがアガペーです。
パウロは言います「教会に集まる兄弟姉妹を、実の兄弟姉妹のように愛しなさい」。教会に集まる人の中には、良い人も悪い人も、尊敬できない人も、好きになれない人もいます。
そのような人でも「愛しなさい」と言われています。
私たちは嫌いな人を好きになることは出来ませんが、嫌いな人を受け入れることはできます。
何故なら神がその人を受け入れておられるからです。
今日、私が礼拝の場にいることは、神が私を条件無しに受け入れて下さったからです。
隣に座る人もまた同じように受け入れられているのであれば、私がその人を嫌いでも、その人は私の兄弟姉妹になることができます。
アガペーの愛とは好き嫌いという感情を超えた愛だからです。
ここに、教会において、違う人を受け入れていく愛=兄弟愛(フィラデルフィア)が成立します。
その兄弟愛を教会外の人に及ぼした時、敵を愛するという生き方が生まれてきます。

教会は世にあり、私たちも世に生きます。
しかし、世は私たちを憎み、迫害します。
何故ならば、私たちの生き方が世と異なるからです。
その時、どうすれば良いのか、パウロは言います「「あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません」(12:14)。

ペテロは言いました「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです」(〓ペテロ3:9)。
二人の言葉の背後には、十字架上で、自分を殺そうとする者のために祈られたキリストの言葉があります。
キリストは祈られました「父よ、彼らをお赦し下さい。自分が何をしているのか知らないのです」(ルカ23:34)。
キリストが赦されたのだから、私たちも赦していくことができます。
そこに「敵を愛し、迫害する者のために祈る」行為が出てきます。

江戸時代前期、佐倉を堀田正盛(まさもり)という殿様が治めていました。
この人は春日の局の孫で、徳川家光の第一の側近として幕政に尽くした人です。
しかし、その領民たちは過酷な税金に苦しみ、公津藩の佐倉宗五郎(本名は木内惣五郎)は、 江戸に行き、領民を代表して将軍家光に直訴をしました。
直訴はご法度という当時の掟により、佐倉宗五郎は捕らえられ、家族もろともハリツケという極刑になりました。
結果として、直訴は聞かれ重税は軽減され、民は助けられたということです。
民のために自らの命を掛けて戦い、貼り付けにされるというのは主イエスの生涯に似ています。
主イエスは罪がないのに十字架に両手両足を釘付けにされ、脇腹に槍を刺されます。

その苦しい十字架の上で、キリストは誰をも怨まず、死んで祟ってやるとも言わず、「父なる神よ、私を十字架につけた人々を赦して下さい」(ルカ23:34)という祈りを捧げました。
神に全てを任せて息を引き取って行かれました。
十字架の傍にいて、キリストの愛と赦しの祈りを聴いたローマの百卒長は、「この人は、まことに神の子であった」と告白しています(マルコ15:39)。

一方、佐倉宗五郎はハリツケにされながら、「七たび生まれ変わって、この怨みを晴らす」と叫んで死んで行ったと伝えられています。


本日の聖書はローマ12:9−21です。
19節に「愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい」、21節に 「善をもって悪に勝ちなさい」という御言葉があります。
佐倉宗五郎は復讐の言葉を叫びながら、怨みを残して死んで行きました。
キリストは十字架の上で、「父なる神よ、彼らを赦したまえ」と祈りながら、私たちの罪の身代りになって、その尊い潔い命を捧げて下さいました。
キリストの十字架によって「善をもって悪に勝て」ということが実際に表されました。


今日の招詞として、マタイ5:43−44を選びました。
次のような言葉です「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。 しかし、私は言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」。
主イエスが語られた山上の説教の一節です。
イエスはこの言葉を旧約レビ記の新しい解釈として話されました。
レビ記にはこのように書いてあります「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」(レビ記19:18)。
レビ記にも敵を憎めとは書かれていません。
しかし、多くの民族が住むパレスチナでは、隣人とは同じ民の人々、同朋のことであり、同朋でない者は敵でした。
人々は敵から身を守るために高い城壁をめぐらした町の中に住み、城門の内側にいる人が隣人で、そうでない者は敵であり、敵を愛することは身の危険を意味しました。
イエスはそれが人間の自然な感情だと知っておられました。
それでもイエスは言われます「父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、雨を降らして下さる。あなたも父の子として敵を愛せ」と。

主イエスの時代においても、敵を愛することは危険でした。
今日においても状況は変わりません。
多くの人々は、イエスの言葉は理想主義的で、非現実的だと考えます。
人々は言います「愛する人を守るためには暴力も止むを得ない。そうしなければ、この世は暴力で支配されるだろう。
悪を放置すれば、国の正義、国の秩序は守れない。悪に対抗するのは悪しかない」。この論理は現代においても貫かれています。
軍隊を持たない国はありませんし、武器を持たない軍隊はありません。
武器は人を殺すためにあります。
襲われたら襲い返す、その威嚇の下に平和は保たれています。
しかし、悪に対抗するに悪で報いる時、敵対関係は消えず、 争いは終りません。「目には目を、暴力には暴力を」、これが人間の論理であり、この論理によって人間は有史以来、戦争を繰り返してきました。

主イエスはこのような敵対関係を一方的に切断せよと言われます。
悪は憎め、しかし、悪人は憎むな。
何故なら、悪人もまた、父の子、あなたの兄弟であるから。
人々はイエスを理解することが出来ません。
殴られたら 殴り返すことが正義である社会においては、仲間以外は敵であり、敵とは信用出来ない存在であるからです。
人間がお互いを信じられない時、平和は生まれません。
右の頬を打たれたら左の頬を出す、それだけが争いを終らせる唯一の行為だと聖書は言います。
敵を愛せよ、敵を愛することによって、敵は敵でなくなるのだと。
パウロはこのイエスの言葉を受けてローマ書を書いています「愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる」(ローマ12:20-21)。

ユダヤ人にとってローマの人々は異邦人です。
パウロはローマの市民権を持っていましたが、生粋のユダヤ人でしたから、ローマの人々に主の恵みを伝える必要などありませんでした。
主イエスは和解と一致のしるしとして、聖餐を示されました。
当時罪びととされていた人たち、同胞以外の異邦人とも同じ食卓に着きました。

私たちも、本来食卓に着くこともできないと考えてしまうものでした。
しかし、豊かな食卓を備えてくださっています。
霊の食事をともにして祝福に預かりましょう。

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